昨年、初めて釣ったサーモン。118cm、16.1kg。
ブリッジプールは溢れ返らんばかりの賑わいを見せていた。一体この淵にどれだけのサーモンが溜まっているのだろうか。これならどの様に釣っても入れ食いの大漁に間違いないと、初めての本格的なサーモンフィッシングで出会えた光景に幸運を感じていた。
こんなチャンスはきっと滅多に無いに違いない。歓びは分かち合った方が良いと思い、遅れているローテーション・パートナーの到着を待つことにした。
しかし、小一時間待ってもパートナーは現れず、体調でも崩したのかも知れないと思い、ゆっくりと釣りの支度を始めることにした。
盛んに跳ねていたサーモンも少し落ち着いたのか、ボイルが減り静かになって来た。私はプールの底に溜まっているであろうサーモン達に気付かれない様、なるべく川から離れたコースを橋のたもとに向けて静かにアプローチを開始した。
一見平静を装い始めたプールの下では大量のサーモンが、投じたフライの一部始終を注視している筈だ。私は、いつもよりも丁寧に釣り下って行った。
2008年、最終日の終了5分前、最後の一投でフライ着水直後にヒットしたサーモン。シーライスが付いていたので、ニュープールまであっという間に遡って来たのだろう。素晴らしいファイトで楽しませて貰った。82cm。リリース。
しかし、何の反応も無かった。一度見切られたフライは直ちに変えて、魚がスレない様に一流しごとにプールを30分ずつ休ませて、更に丁寧に釣る事にした。
まさか、これが、後に笑い話しになろうとは・・、思いもよらなかった・・。
完敗
2回目のブリッジプールが周って来た。
雷雨が止んだ後、初挑戦のガウラで遂にサーモンが掛った。そのサーモンはヘッドシェイクのストロークが長く、トルクフルで明らかに大物だったが、何で一匹目からこんな魚が来るのかと運命に戸惑った。
紅茶色に染まる増水気味の流れをコントロール仕切れず、とうとうサーモンは急流を下ってしまった。足場の悪い右岸を辿り魚に追いつき、汗で曇った眼鏡を外し、プレッシャーを掛けたら、今度はグイグイと上流へ遡り始めた。
黙々と忠実に仕事をこなしてくれるSS。スティールヘッドのランディング率は100%と言う驚異的な数字を誇り、シングルバーブレスフックの釣りには一番の信頼を置いている。サーモンも掛けてしまえば何とかなる、と思っていた。しかし…
この時、致命的なミスをしてしまった。
余り強く下流から引っ張っては遡上の妨げになると思い、ラインを少し緩めてしまったのだ。とたんに変な手応えが帰って来た。DST-Iは岩に咬まれて動かなくなってしまった。
尤も、プールから下られた時点で負けである。もう、野暮な事はしないと決めた。
暗中模索
結局2008年は、レナとニュープールで釣果を得たものの、どうも釈然としなかった。
サーモン1年生の私には、「なぜ釣れないのか」そして「なぜ釣れたのか」その両方とも理由が分からなかった。ガウラ終了後、約1カ月に渡ってサーモン諸国を釣り歩いたが敗退を重ねるばかりで、頭の中は増々混乱してしまい、「サーモンとはどんな魚なのか」「サーモンフィッシングとはどういうものなのか」「なぜフライフィッシングの頂点なのか」など、何も見えては来なかった。まるで濃い霧の中を彷徨っている様な気分だった。
2009年、ガウラ再考
諸事情により、基本的な課題をクリアすることなく、2年目に突入してしまった。しかし、今年は少し考え方を変えて、無闇に色々な河川で竿を出すのではなく、ガウラで一カ月ほど過ごしてみることにした。
ガウラは24時間オープンなので、日中は地元のベテランや世界中から集まるエキスパートの釣りを見学し、自分の釣りは主に深夜から朝にかけて行った。
各所で大先輩方が救いの手を差し伸べてくれたり、思いもよらぬチャンスを与えて下さる事もあった。日々の見学と実釣により、断片的に理解出来る事柄もあったが、なかなか繋がらなかった。サーモンフィッシングは、トラウト(スティールヘッド)フィッシングの延長線上にあると思っていたが、何かが異なることは明らかだった。
ブリッジプールで学ぶ。果たしてサーモンフィッシングとは・・。
リセット
6月上旬のガウラは、冷たい雨と風、滔々たる水量から、どう考えても難しい状態に思われた。実際、ほとんどのアングラーが大苦戦している。
しかし、沢田御夫妻は解禁初日から次々に魚を手にされ、数釣りさえ楽しんでおられた。一体なぜ?…私は頭を捻った。
数日後、サーモンは遂にフォスを超え、沢田御夫妻がブリッジプールへご招待下さった。
ガウラ有数のビート、ブリッジプールで展開される沢田さんのサーモンフィッシングは荘厳で、感動的だった。ウィーンで初めて本物のオーケストラの演奏を見た時の様だった。スピード、正確さ、丁寧さ、力強さ、角度、ターン、バリエーション、変幻自在…。
サーモンは跳ねが見えても釣れない事が多い。
早い段階で世界の一流に触れて感化されることは重要な事だと思ってはいたが、自分とは余りにかけ離れていて困惑した。これほどまで技術を高めなければ釣れないサーモン・・。究極のフライフィッシングとされる一端を教えて頂いた。
更に、トラウト(スティールヘッド)の釣りとサーモンフィッシングの違いを解説して頂き、ショックを受けた。ことごとく全てが逆だった。昨年の釣行終了時に感じた不安は残念ながら当たっていた。私は霧の中で迷い、サーモンとは正反対の方向へ歩き出そうとしていたのだった。
美しい釣り
憧れはするものの、そもそも「美しい釣り」など存在し得ないと思っていた。ロッドやリール、フライ、あるいはキャスティングなどのどれか又は全てが仮に完璧に美しかったとしても、どこか攻撃的に感じられたり、機械的に見えたり、作為的に思われてならなかった。そしてそれらは魚を狙う釣りという行為の性だから仕方がないと諦めていた。その概念を根底から覆す釣りを目の当たりにしようとは思ってもみなかった。
マリアンさんがブリッジプールの釣りを開始された。凄い、こんな綺麗な釣りは見た事が無かった。私は陳腐な賛辞の言葉しか見当たらず、口に出してから後悔した。完璧な釣りの技術に洗練された内面性が加味されると「美しい釣り」になる事を初めて知り、感銘を受けた。
私はてっきり、これほど難しいサーモン釣りなのだから、ひたすらストイックに悲壮感を漂わせ、寝食惜しんで挑戦するものだとばかり思っていた。ところが沢田御夫妻は爽やかに実に楽しそうに釣りをされる。マリアンさんは終始笑みを浮かべ満喫しておられる。
そしてサーモンは間違い無く、この「美しい釣り」が好きなのだと直感した。案の定、サーモンは直ぐにマリアンさんのフライに喰いついた。
驚くべきファイトをした95cm/10.2kg。重量計測を手伝って下さったラグース会長も「良い魚だ」を繰り返し、祝って下さった。
現地で沢田御夫妻に御指導頂いた内容は大変貴重で、私にとって革新的な一日となった。今まで視界を遮っていた濃い霧が、サーッと流れて川面が見え始めたかの様な気がした。
NFC Week26
今年のローテーションパートナーは、去年同じNFCのクラブハウスのメンバーだったVescovi氏。ロシアやスコットランドのサーモンフィッシングにも精通しておられる。何よりフレンドリーで明るい氏の性格は、この辛い釣りには救いだった。
早々にブリッジプールが周って来た。終始Vescovi氏と共に懸命に釣るが、魚の気配もかすかなバイトさえも感じられなかった。残り時間が40分となり、最深部の上をオレンジフレームが通過した時、Salmon IIがバイトを知らせてくれた。
次々に小さな銀鱗が跳ねながら近づいて来た。ムービングの釣り方については、まるで群れが来ることを予知しておられたかの様にマリアンさんが今朝のメールでレクチャーして下さっていた。貴重な体験が出来て良かった。65cm。リリース。
フッキングの直後、銀鱗が躍り出た。サイズはさて置き、コンディションの良いサーモンである事を知ったが、フックの位置は確認できなかった。
沢田さんから教えて頂いたタクティクス通り、魚を一旦ホールへ落ち着かせてから、ロッドを沖に向けたまま、橋のたもとまで上流へと歩いて行き、魚を真上からゆっくりと引き寄せた。
驚くべきスタミナで、ランディング態勢に入ってからも何度か振り出しに戻ってしまったが、何とか95cm、10.2kgのサーモンを手にすることが出来た。
ムービングフィッシュ
2日経って、今度はガウラ下流部のビートEで遡上してくる魚群に遭遇した。明らかにガウラのサーモンとしては小サイズの群れながら、元気良くジャンプして近づいて来る姿に奮い立たされた。
この様な時の対策についても、マリアンさんから御指導頂いていた。79cmと65cmの2尾とも喉の奥までフライを呑み込んでいた。素早くフックを外してリリースした。
ガウラ下流部のムービングフィッシュ。行動調査のタグが付いていたので回収後、リリース。79cm。
日増しに水位は下がり、週の後半には随分と釣りやすい状態となり、肝心の魚も動いて来たのだが、残念ながら後は続かなかった。それでも、以前と比べると爽やかな気分で釣りをしている自分に気が付いた。
謝辞
末筆ながら、2年に渡り激励と御教示を下さったKlippinge氏、Alfredsen氏、Vescovi氏、Raguse会長、そして青木氏、藤原氏、の両先輩、とりわけ沢田御夫妻には終始ご指導を頂きました。この場をお借りして皆様へ厚く御礼を申し上げます。
★カナダフィッシングガイド★
http://www.canada-fish.com/