6月の寒河江川。
寒河江市内を流れるあたり。
はじめにこんな事を言うのは何なのですが、ひとこと、言ってからそのことについての熱い出来事をお話ししたいと思う。
私は、『サクラマス釣りの苦労人』ではないか。いや、『釣りのセンスがイマイチ』なだけなのだ。ずっとそう思っている。
今年になって、『しかし、私は挫折しなかった。』そう言える。
サクラマス釣りをフライで始めてから十三年くらいだと思う。はじめの4〜5年は、とりあえずその季節4〜5回、赤川や小国川へ行ってキャストしてはフライを流してやっていた。とりあえずやっていれば釣れるかも知れない。釣れたらすごいな。なんていう感じであった。
だから、その日のサクラマス釣りに何となく飽きてくると、直ぐに近くの渓流に上ってヤマメやイワナ釣りに逃げていった。それは、九頭竜川で沢田賢一郎氏がフライでサクラマスを釣り、氏のサクラマス釣りが日本のフライフィッシングシーンに大きな衝撃、新しい風を吹き込んでから二年ほど過ぎた頃だったろう。
小国川。舟形町あたり。
そんな半端なサクラマス釣りをしていた私にも、忘れもしない出来事があった。
場所は赤川。少し上流部、ニセアカシアのクリーム色の花房が褐色になって落ちる頃、もしかしたらこの瀬に、サクラマスでなくっても、ヤマメの大きめのヤツなんか入っているんじゃないかと、水深の少しある瀬にチャレンジしていた。
何回目かのキャスト、少しアップ気味にキャストしたタイプIのラインを、流れに乗せて少し沈めて、フライのスイングに入った。瀬じりに点在する大きな石の手前あたりをフライが流れているな。と思っていたとき、不意に「ガツン」という衝撃がロッドに来た。根がかりかと思って、すかさずロッドをあおったら「グングン」とラインが引っ張られ、遠くの水面で銀色の魚がバシャバシャした。今まで味わったことのない引き、魚の重さ、とっさに「サクラマスだ。」そう思った。
逃してなるものかと思い、「がっちり合わせてやる。」と強く2回、グイグイとロッドを煽った。鱒は水面でものすごく暴れていた。ロッドの先を下流岸寄りに向けて少しずつラインをたぐると、鱒は暴れながらも岸の方へ寄ってきた。だいぶ自分との距離もつまってきて、それがまばゆい銀色で、間違いなく自分はサクラマスを掛けているのだという実感が沸いた。
小国川。桜の花の咲く頃。
岸に魚が近づく、しかし魚の抵抗は激しい。もしかしたら捕れないのではないかと思った。瞬間、ロッドが軽くなったのだった。私の体から熱いものがすべて赤川の川の中へ流れていった。虚脱状態になったあのときの自分を思い出す。
「なんだ、サクラマスとの出合いがあるじゃないか。」
バラしてしまった悔しさはかなり尾を引いたが、同時に、この釣りに大きな希望がわいてきた。それから、サクラマスにどうしたら出会えるのか、考えるようになった。沢田賢一郎氏のリリースするサクラマス釣りのタクティクスに関した記事を逃すことなくその時の都度に求めた。
当時あたりから、山形のフライフィッシングのプロショップクリークのオーナー、遠藤昭弘氏はサクラマスのフライフィッシングにおいては、本人、開眼しているらしく、コンスタントに毎シーズン、サクラマスを何匹か釣るようになっていた。私の釣りも、渓流釣りに行くことよりも、サクラマスを釣りに大河川下流部の釣りをする事の方が断然に多くなった。
ある時、春間もない最上川の下流部で鯖のような鱒を釣った。30センチにちょっと満たない。海水浴ヤマメというヤツか。ギンピカでパーマークは全く見られず幅の厚いきつい尾のくびれが印象的だった。川が広くてポイントもなにも分からないような所でそれから2匹30センチくらいの同じヤツを釣った。
後にその場所に入ったときに、岸よりの巻き返しで、脇の下を閉めた両手を八の字に差し出して示せる大きさの魚が下流を向いて4匹定位していた。不意に私に気づいたその群が、私が立ち込んでキャストしたばかりの、タイプIIのラインの下を、よそよそしく上流に泳いで行ったことがあった。私の目の前、表層ちょっと深目を泳いでいったその魚たちは、はっきりサクラマスであった。
三年前、初夏、最上川の上流の大支流、寒河江川で釣りをしていた。雪代が終わったばかり、水位は低くなっていた。スペースシューターSS1612D、タイプI、フライはリードフライにジョックスコット、ドロッパーにグレイイーグルという、フライだけややヘビーと思われるアンバランスなタックルをセットして釣りをしていた。
淵を少しずつ下りながら、斜め下流にシュートして、ラインを張る。繰り返した。なん投目か、流心をクロスしているラインがなにものかに引っ張られた。
「来たな。」「大きい。」「合わせてはいけない。」
五月の鮭川。
ラインを張った。ゴッゴッと竿の向こうラインの先の魚の動きが伝わってきた。異様に重い。「大きい。」SS1612Dが弓なりになったと感じた。ロッドから水中に突き刺さったフラットビームが、風に、ヒューヒューうなる音がした。「今まで出会ったことのないサイズ。」そう感じた。対峙して、間もなく、わずかに左右に動きながらロッドを絞る魚は自重を流れにのせて下流に下りたいのではないかと、感じられた。
「下らせるのはまずい。」かといって魚の引きは強くなってきた。相変わらずランニングラインが風に唸っていた。自分がとんでもないことになっていると魚が気づいたんじゃないか。魚は下流へ走った。直ぐに、あまり距離を走らせてはまずと思い、リールのフレームを押さえた。次の瞬間、魚が水面に出る。とっさにそんな予感がした。「水面に出たら瞬間にロッドティプを少し下げてラインをまたすこし送ればいい。」と自分に言い聞かせた瞬間、魚はバシャリと水面でのたうった。まばゆい銀色の閃光が水面に広がった。「しまった。動作がワンテンポ遅れた。」
そう思ったとき、すべてはあとの祭りだった。ロッドは軽くなってしまった。
「ああ。」と悔しさが体から溢れ出そうとしたその瞬間、後ろの土手から声を掛けられた。「いゃーもったいねがったなー。イドがヒューヒューなってだがら、おっけなさがなかがってんだべとおもってみたでだら、マスでねえが。いゃーもったいね。あだなおっけなマスいままでみだごどねがったな。あだなおっけなマスもまだのぼるんだなぁ。」
声をかけられたおかげで体中に呆然が広がる前に、平静を保つことが出来た。
五月の赤川で釣りをするコデブ猫。
なぜ、ばれたのだ、あれしきの事で。ラインをたぐってフライを見た。ドロッパーのグレイイーグルがなかった。ドロッパーはティペットの付け根からもぎ取られていた。前回使ったままのティペットにドロッパーを結んだのを思い出した。自分がいけなかった。
サクラマスのフレッシュランシーズンが終盤を迎える頃より、ロッドをスモルトに持ち替え、各川のすこし上流へ釣りのエリアを移し、夏の盛りの減水期が訪れるまで、ツーハンドロッドを放さなくなった。ローウォーターの釣りをマスターしようとフライを流した。相手は、イワナ、ヤマメ、残党のニジマスだった。ダブルフック、#4 #6 のスタンダードな小さめの黒っぽいベーシックなサーモンフライを使って、ダウンアンドアクロスの釣りを続けた。
渓流釣りシーズンが禁漁になると管理釣り場に出かけた。ライトタックルで大型の魚を掛けたときのライン処理に慣れようと思った。
そして今年、私は春一番でロッドとリールを新調した。ロッドはSS1712Dミレニアム。リールもサーモンIIのミレニアム。そして、このタックルで「今年は絶対に釣る」と誓いをたてた。サクラマスを釣るという意気込みをすべて新しくした。
春の訪れとともに、赤川へ、鮭川へ、小国川へ、サクラマスが釣れた情報を頼りに釣りに出かけた。シーズンも中盤に入った頃、小国川に上っているマスの確かな情報をつかんだ。ルアーの釣り人に昨日あそこで釣ったと教えてもらったのだ。そのころの天候は安定していた。大きな水位の変動はなかった。きっと一緒に上ってきた仲間が、まだそこにいるはずだ。私はそう思った。
4月の小国川。
翌々日、早朝、出かけた。その場所は対岸には山が迫って岩盤が岸際から淵の中に入っている。いつもより藪一つ上流より川へ出た。なんとない予感が漂ったのか、今思えばその時の、私のアプローチは普段より慎重だった。
夜明けの静寂に瀬音が安らかに流れていた。アクアマリン25mmグリーンのリードフライにブラックスピーン#2のドロッパーのシステムで始めた。3投目、タイプIIに引きずられたアクアマリンは根がかりしてしまった。リードフライにグレイイーグル1-3/4インチプラスチックチューブを付け再度流し始めた。
2投目、グングン、とアタリが来た。とっさに寒河江川ではずした大鱒のアタリを思い出した。重量感のあるアタリだ。合わせてはいけない。頭に染み着いている。合わせないでラインを張った。すかさずゴンゴンと強い引きが来た。間違いない。
グリーンのスペースシューター17ftが絞り込まれる。「ついに来た。」胸がどきどきして、ちりぢりになってしまいそうな気持ちを、ぐっと、たぐり寄せる。ロッドが上下に絞られ、水中で魚が左右に横倒しにもがいている感じがする。しかしあわてることはない。一定のテンションを鱒に課しておくだけだ。
まもまく、マスの抵抗の弱りを感じた。静かにランディングネットの柄をのばした。リールを巻きにかかった。丁寧に、丁寧に。鱒をびっくりさせないように。
近くに魚が寄ってきて、反転、ヒラを打った。まだ薄暗い朝の水面が銀色に光った。
サクラマスだ。
淵の中から岸辺の方に誘導されてきた魚が浅場に来て少し抵抗した。私の近くに寄ってきて水中で左右に横倒しになって体をギラつかせる魚。魚はシングルフックのブラックスピーンをがっちり喰わえていた。
ローウォーターの季節。
川上を彷徨う。
トレブルフックのプラスチックチューブグレイイーグルにきたものとばかり思っていたが、小さ目の黒いフライを口の端に付け横を向いたマスを見て少しびっくりした。しかしフライは閉じた口の横端にがっちりセットしされていたようで、それを確認した瞬間、不安はわかなかった。
銀色の魚体はすでに私の足下まで寄ってきている。リールとロッドは理想的にマスの動きを封じてくれたように思った。葦の岸辺までマスを寄せた。「よし、ここでネットですくい取ろう。」そう思った。長い柄の、口の広いネットは使いやすい。なにも不安はなかった。マスを静かにすくい取った。
「やった。」「とうとう。」
長い間、出会いを待ったサクラマスはメジャーを当てると、ジャスト60センチあった。