今年も九頭竜川をはじめとして各河川に向かう。しかしいくら通ってもアタリのひとつもなく、ストレスの溜まる日々が続き、二枚目のハイウェイカードも残り少なくなり費やした走行距離は4千キロを超えていた。ゴールデンウイークには十日間も費やしたにも関わらず、何をやってもダメ。友人たちから一番いい時期に一番いい場所に入るチャンスをいただいたにも関わらず、結果が出せない自分のふがいなさにイラつく。
自分が何をやっているのか、どうしたいのか、どう流したいのかまったくわからなくなっていた。何度も超えてきた壁なのに、次第に自分のスタイルが崩壊していき、キャスティング、ドリフトと一連の動作がぎこちなくなり、魚との距離が縮むことなく広がっていく一方だった。
Photo by M. Takebe
そんなある日、東北の河川で誰もが知るスーパーエキスパートの方がひょこっとブッシュから現れ、自分の後ろに入り流し始めた。後ろにいる存在感。自分が見られている。しかも一番見られたくない自分を見られているという恥ずかしさと緊張感で胃が痛くなる。
ふと振り返ると、その方が突然ラインを回収し始め、下ってくるではないか! 心臓バクバクで待ってると「依田さんは九頭龍川などでもそういう釣り方してるの?」と気さくに話し掛けられる。二人っきりで話すのは初めてだったが、今の自分の状態を説明すると、「三日もやって釣れないとおかしくなってくるものですよ。」と慰めてくれ、今の自分のやり方がどう間違ってるかを細かく説明してくれる。そのうえキャスティングからドリフト、リトリーブといった一連の動作をまるで初心者に教えるように丁寧に実演して見せてくれる。
Photo by G. Narumi
まるで真剣の居合のような切れ味でSS1712Dを振りぬく姿、その隙のない流れるような動作に言葉を失う。これがスーパーエキスパートの技なのか。しばし、動けない自分が震えていることに気づく。そして最後に「釣れないときこそ基本をよく思い出して」と言い残し去ってゆく姿に、頭が下がる思いでいっぱいだった。
待ちに待った感触
もう悩まない。目がさめた思いでラインの形、フライの向き、テンションに気を配り、基本どおりの流し方を心がけることからはじめた。するとフライの動きやラインの形をうまくイメージできるようになるまで回復してきた。だがその後もウグイやチビヤマメが遊んでくれるだけで本命のアタリはない。シーズンは中盤を超え、終期に入ろうとしていた。
Black Fairy JC Variation
前日友人が海水浴ヤマメを二本釣ったという話を聞き、そこに入る。終期に活躍するランドロックをつなぎ、流れ込みのかなり上から入る。そこは行く筋もの流れが重なり複雑な流れになっているので、ポイントを絞って流すことにする。だんだんと下ってくると、ひとつの流れにまとまる。対岸ぎりぎりにフライを落とし、流れを受けてスイングしてゆく。しかし1.25インチのプラスティックチューブに巻いたブラックフェアリーwithジャングルコックは何事もなく流れきる。
プールの核心部に近づくにつれ対岸の流れが巻き始めていた、おそらくテトラかなにか沈んでいるのであろう。フライが着水直後からきれいに流れるよう、きっちりとターンさせ、たたき込むようにプレゼンテーション。そのままロッドを操作し、流れにラインを乗せてスイング。一連の動作が気持ちよく決まっていく。
そして遂にあの心地よい感触がロッドに伝わってきた。ウグイのアタリにも敏感になり、無意識にロッドをあおっていたにも関わらず、本命のアタリには落ち着いて対処している自分を誉めた。まだスイングしている途中でフライをくわえた彼女がゆっくりと反転し下って行くのを、ロッドを岸側に倒しつつ落ち着いて見守る。30mも下ったろうか、彼女は止まった。フラットビームを抑え、ラインでフッキングさせる。
頭の中でファンファーレが鳴り響く。このフッキングなら外れないはず。ロッドを寝かせたままテンションを掛けて引き寄せる。久々の感触にドキドキ、ワクワクしつつ、あまり大きくないことを確認。無理せず引き寄せ、インスタネットを広げてロッドを立ててネットイン。よくよく見ると下流の網から逃げたあとが生々しく、その遡上の厳しさを訴える。早々に撮影し、流れに戻す。晴れたような思いであけてゆく空を見上げた。52センチ。
Black Fairy JC Variation
更にシーズン2本目をランディング
昨日までの苦渋はどこへやら、この水量で似たような流れのあるところを必死に思い浮かべ、意気揚々と車を走らせる。しかし三つ目のプールを流し終えたとき、さっきまでの勢いがだんだんとそがれ始めてきた。「一本出ただけでよしとするか....」そういう考えが頭をよぎるが、弱気になる自分を奮い立たたせ、川に入る。そこは対岸に流芯がよっており、まさにオートマチックポイントで非常に流しやすいプールだった。日も高くなってきたのでサイズを1インチに落としたブラックフェアリーを結び対岸ギリギリにキャスト、流れに乗せてラインの形を整え、スイングさせる。完璧だ...。
流れ込みからしばらく下ると流芯があいまいになり、対岸にゆるい流れが出てきた。「来るならこのあたりだろうか。」いつも裏切られる期待感で緊張感が高まる。まさにスイングの終わり、フライが最高速になるあたりで今日二度目の手応え。魚はいい勢いでラインを引き出し、下ってゆく。すかさずロッドを岸側に倒し、止まるのをまつ。
50mほど下って魚は止まった。フラットビームを抑え、フックアップ。グリン、グリンと頭を振る感じが完全なフッキングを実感させた。テンションを掛けつつ引き寄せてくる。美しいブライトシルバーの魚体がキラキラしているのが見えてきた。まさに感動。久々のローリングアンドダッシュ。寄ってきてからてこずらせるが、無事ランディング。しばしそのブライトシルバーの魚体にみとれる。
何故サクラマスなのか・・・? 絶望的な美しさの征服。絶対的困難の先にある美の征服。たとえるなら断崖絶壁に咲く一輪の花を、命を掛けて写真に収めるといったところだろうか。ちょっと大げさだが、この瞬間の為に僕は生きているのかも知れない。しばし万感の思いで眺め、思う存分写真を撮りリリース、56センチ。
「サクラマスはアングラーを育てるターゲットだ」と言われる。今シーズンの状態はまさにその修行の日々であり、モチベーションを保ちつづける難しさ、精神的な部分での修練ができたと思う。釣れば釣るほど壁ができる。そんなターゲットだということが自覚できたシーズンだった。ここ数年コンスタントに複数のマスを手にすることができていた自分がいかに天狗になっていたのかわかる。まだまだこれから、もっと自分を磨かなくてはこの素晴らしいターゲットには釣り合わない事を痛感する。
更なる高みへ、今日も。