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'03  2003ガウラ釣り紀行 Salmon & Seatrout 60cm - 98cm,  1.9kg - 9.2kg!
平野 秀輔 (ひらのしゅうすけ) 東京都在住  Shusuke Hirano in Tokyo 【Japan】
フライフィッシング歴20年 / サーモンフィッシング歴4年 / 元全日本キャスティングチャンピオン
Shusuke Hirano Salmo Salar & Salmo Trutta
今回の最大サイズは9.2kg。 少々鼻曲がりのオス。目下のところ、自己記録。
MY TROPHY | MY RECORD
魚種 Species Salmon & Seatrout Salmo Salar & Salmo Trutta
体長 Length 60cm - 98cm
体重 Weight 1.9kg - 9.2kg
フライ Fly & Hook Size Em Shrimp tied on SD3 #6, #8
Thunder Mouse tied on Hybrid Tube 2"
ロッド Rod KS SS 1712D Limited Hard Action
リール Reel KS SU SALMON II The Cherry Salmon Limited
釣った日 Date of Catch 2003/07/06 - 13
釣った場所 Place of Catch In the River Gaula, Norway
IMPRESSIONS

フライ再考・・・

今回の立役者たち。SS1712D Limited Hard Action、SU The Cherry Salmon Limited、エムシュリンプSD3#8と#6、サンダーマウス2インチハイブリッドチューブ。(AF Nikkor 50mm F1.4D)
昨年のガウラからの帰路、飛行機の中でいろいろ反省をしてみたが、ことフライについては、次の二つを考えていた。

1つはエムシュリンプのハックルをもっと多く、かつ長くすること。巻いていったエムシュリンプはその作りが貧弱で、川原に立ったときにヘロンをもっと多く長く巻いとけば良かったと後悔した。

2つ目は 黄色いストリーマーを用意すること。去年のガウラは雪が少なかったせいか川はガウラの名前どおり黄色をしていた。それはちょうどイエローに染めたイーグルのような色で、それを使ったストリーマーがほしいと思った。

日本を発つスーツケースにしまいこんだ約250本のフライの中には、去年よりハックルを長く厚めに巻いたエムシュリンプと、イエローイーグルのスクイッドフライが眠っていた。まさかこの2つのフライだけで魚を釣るとは思ってもみなかった。

例によって川へ直行


十分すぎるほどの日の光を浴びながら、飛行機はトロンハイムに向かっていく。予想通り山には雪がない。空港で迎えてくれたのは釣りにはありがたくない晴れ渡った空だったが、気のせいか何か去年よりひんやりしている。久しぶりの左ハンドル・右側通行に緊張しながらE6を一時間以上走って、やっとストーレンホテルに着いたのは日曜日の午後10時過ぎだった。

ホテルではNFCのバレンティンが出迎えてくれた。早速情報を聞くと先週は60本以上の魚がNFCで釣れ、特に週末近くに増水があったので今は好調だという。そんなことを聞くとゆっくり休む気にはなれない。ビートのローテーションはC、そこにはローウォーターの好プール、ティルセットがある。早速出かけると彼に言うと、「先週はフローティングラインにグリーンワスプの#8、エムシュリンプも良かった。」と教えてくれた。着替え用のスーツケースを部屋に入れ、タックルの詰まったもう一方のスーツケースを車の中で開けると、一目散にティルセットの左岸へ直行した。実は昨年も一休みもせずにレナに直行し、2本をフッキングし1本をキャッチしている。この時間帯は相性がいいのだ。

ティルセットのシブシブ・サーモン


車止めから川原をしばらく歩いて、ティルセットの左岸に立つ。先週に増水したといっても水はやはり少ない。バレンティンが言っていたようにフローティングラインをセットし、リーダーは夜だから太目の-6Xとした。ローウォーターのフライボックスを開け、いったんグリーンワスプを手に取ったが、川を良く見ると去年とほぼ同じで、深い所は黒く見え、岸に近づくにつれて茶色を経て黄色くなっている。ここはエムシュリンプの出番だろうと#8をリーダーに結んだ。
ティルセットプール。左岸からフライを投げ込むのは右側の岩ぎりぎり。(AF-S Zoom Nikkor ED24-85mmF3.5~4.5G)

ローウォーターの定番どおり、速い流れの対岸すれすれにフライを落としていく。ロッドはSS1712D Limited Hard Action、1712Hだ。ローウォーターでは本来出番がないロッドだが、今年に入って一番練習で使っているロッドであることと、何よりもそのティップの強さゆえループが乱れにくいことが一番気に入っている。つまり近距離でもアキュラシー性を重視すれば、このロッドに敵うものはないのではないかと考えている。

対岸すれすれに投げた3投目、フライが流心を過ぎる直前、リールが静かに逆転を始めた。「サーモンだ。」かすかな振動が続いている。沢田さんが6月にweb上で報告したような魚で、いわゆるシブシブ・サーモンだ。少しずつ、少しずつリールが逆転する。しかしその勢いは誠に頼りない。そろそろいいかなと1分ほどしてからロッドを岸に向けフッキングに入ると、なんとフライはあっけなく水中からすっぽ抜けてきた。「あーあ、まだまだ早かったのか。」それから無我夢中でフライの流れが悪くなるまで、プールを下りながら投げ続けたが何も起こらない。ムービングしているサーモンは行ってしまったのだろうか。

フッキングまで7分


気を取り直して最初の地点に戻り、また対岸すれすれにフライを落としていく。さっきより暗くなったせいか2度ほど対岸を釣ってしまう。針先の甘くなったフライをはずし、付け替えた新品のエムシュリンプ#8を崖の手前に叩き付け、対岸に沿ってできている泡にそれが吸い込まれ水に馴染んだ頃、またあのシブシブ・コンタクトがやってきた。

まず、じっとしていた。魚が動かないので何もできない。でもいつまでも我慢できない。不安だからいつも魚の振動を感じていたい。こうなったらラインを送ってフッキングに持っていくか、と思っていた矢先、魚のテンションが減った。まずいと思ってリールをそっと巻くと、またテンションを感じることができた。

ひょっとすると、魚は上流に上がるつもりなのだろうか。半信半疑でゆっくりと魚の振動を感じ続けられるようにリールを巻き続けた。長い、こんなに長くゆっくりとリールを巻いたことは一度もない。たかだか20メートル足らずのフラットビームがトップガイドに吸い込まれるまで5分以上かかってしまった。そして、とうとうフライラインまで巻き始める。リーダーまで入ってしまったらどうしよう。ひょっとしてこのまま取れるのか。なんて馬鹿なことを考えていると、サーモンは岸が見えたせいか、ゆっくり反転して下流に泳ぎ始めた。
NFC7月2週目のファーストフィッシュ。8.1kg、96cm。やはり腹がへこんでいる。(AF Nikkor 35mm F2D)

そのスピードはサーモンが通常泳ぐような速さだったが、それまでの弱い振動ではなくしっかりとリールを逆転させていった。「よし。」と、リールを押さえロッドを岸に向け、強くかつゆっくりとラインを張った。ロッドが十分にしなり、フッキングの完了を知らせる。と同時に対岸下流に向かって、サーモンが大きくジャンプした。やはりあいつは今まで異変に気づいていなかったのだ。正確な時間はわからないがおそらくフライを捕らえてから7分くらいは経っているだろう。それからのファイトはなかなかだった。寄せては流心に走られ、ある時は対岸すれすれまで走り、さらにジャンプを3回ほどした。

7月2週目のファーストフィッシュ8.1kg!


初日のせいとファイトの仕方が悪いのと両方で、背中がつりそうになり、結局15分以上もかけてやっとあがってきたのは、最初の一匹には十分嬉しいサイズの少し鼻が曲がった雄だった。釣り上げたサーモンの口を見ると、左側の上顎と下顎の付け根にダブルフックが深々と突き刺さっている。抜こうとしたが少し強く引いたくらいでは抜けない。完璧なフッキング。沢田さんの6月のレポートを見なかったら、こうは行かなかったろう。

初日の初っ端から魚が釣れるのはやはり嬉しい。一気に行こうとその後も交代時間の午前4時まで、左岸から右岸の際へフライを投げ続けたが、もう何も起こらなかった。

さてティルセットの左岸から車止めまでは川原をだらだらと歩かなければならない。中型のサーモンだがやはり重い。ここは沢田さんよろしくサーモンを担いでいこうと思い、初めて流木の切れっ端にサーモンをくくりつけ、それを肩に背負って車に戻った。

しかし車の中でしばし落ち着き、助手席の下に鎮座したサーモンをじっくり見ると何かおかしい。シーライスこそ付いていないが体色は銀色だ。ただ妙に腹がへこんでいる。NFCのクラブハウスで計ると96cm、8.1kgと重さが少なめだ。でもNFCの7月2週目の最初の魚だ。誰も記入していないエントリーシートに、一番乗りで記入するのは最高の気分だった。この魚はその後、ケルトだとか逃げた養殖だとかいろいろな論議を呼んだようだ。ケルトとは昨年あがったサーモンのことで、海に帰らず川にとどまってしまったものだ。どちらでも良いが、なんとなく食べても不味そうな気がしてきた。

レナのムービングフィッシュ


待望の雨が降り、川は増水し始めた。次のビートBにはレナプールがある。昼の12時から夜の12時までだが、 増水が落ち着いてくれることを期待して夜に賭けることにした。そしてその次はまたティルセットのあるビートCだから、夜中に続けて行こうと考えた。
2本目のサーモン。3.1kg、75cm。(AF Nikkor 50mm F1.4D)

夜7時にレナの右岸に着くと、左岸側はチャンスとばかりに4人ほどのアングラーがルアーやフライを振り回している。支度を終えていつも目印にしているアシカの形をした岩の20メートル程上流、川幅が一番狭くなっている部分に向かって歩いていくと、なんと向かいのアングラーが投げたルアーにサーモンがヒットした。

来ている。それもルアーに食いつくくらい食い気のあるサーモンが来ている。この群れを逃す手はない。レナプールの左岸はそう高くはないが崖である。ネットもギャフも見えないので、あそからどうやって取り込むのだろうと、一方では心配し、一方では早くけりをつけてくれないと投げられないじゃないか、とイライラしてきた。10分ほど経ったろうか、ルアーマンの連れが川に立ちこみ、ロッドから伸びたラインを手にしたときに全てが終わった。そんなことをすれば当然の結末なのだが、彼ら4人は全員で残念会を始めた。

「よし今だ。」とプールの最上流に立ち、フローティングラインの先のエムシュリンプ#8を対岸ぎりぎりに投げ始めた。3投目にリールがジージーと逆転する典型的な当たりがあった。ラインが十分に引き出されたことを確認し、ラインを右側に張り、ゆっくりセットフックした。最初はまあまあの抵抗をしたが、フッキングは悪くないと思い、1712Hのパワーで強引に引き寄せると、魚はいとも簡単に岸に寄ってきた。

グリルスかと思ったら小さなメスである。海から上がって大分経っているのか、体は茶色っぽく、しかも尾ビレの下が擦り切れている。計ると75cm、3.1kg。今まで釣ったサーモンの最小記録更新であった。フッキングを見るとサーモンの舌にダブルフックが2本とも突き刺さっている。

まだ必ず来ると思い、フライを投げ続けたがそれ以降何の当たりもない。何か変だ、もう少し続いてもいいのに。サーモンをクラブハウスで計り、そのままティルセットの左岸へ。ここでもリトリーブ中に根がかりの様な当たりを一度感じたが、何事もなく静かな一夜が過ぎてしまった。

クルモのシートラウト


水曜日の午前零時からNFCの上流ビートE+Sが始まった。ビートEはシンクソスの駅の少し上流にあるクルモで、ビートSは更にその上流にあるアッパーシンクソスである。まず昨年とほとんど変わらぬ景色のアッパーシンクソスを釣る。最初は注意深くウェーディングし、岸よりから対岸近くまで丹念に釣ってみた。その後は岸近くの大きな石に上がり、対岸の一点に向かってさまざまなフライを流してみた。2時間ほど粘ってみたが、サーモンのジャンプも全く見えず、さすがに飽きたのでクルモに向かった。
クルモプール。写真を撮ったときはウェダーを履いていなかったので、開放感が今ひとつ。(AF Nikkor 20mm F2.8D)

ビートEクルモは左岸側からの釣りで、上流、下流に送電線が通っており、そのうち上流側の送電線の下が実績のあるポイントである。パーキングとして指定された場所にはクローバーの花が咲き、この近くでサーモンやシートラウトが釣れると思うと、ここはヨーロッパなのだと少し感慨にふける。20年以上前になるがフライフィッシングを始めたころ、クローバーの草花の上に置かれたブラウンやシートラウトの写真を見ると、一生そんな光景を味わうことはないだろうと思っていた。

そこからとぼとぼと牧草地を5分ほど歩き、雑木林を抜けると一気に広々とした流れが目の前に広がる。「なんてすがすがしい景色だろう。」川が浅くなっているため川幅は50m以上もあり、ひざの上までウェーディングすると、バックキャストを妨げるものは何もなく、下流を見るとただただ川が広く流れていく。こんな場所に立ったら誰だって思い切りラインを伸ばしたくなるだろう。フライフィッシャーマンにしかわからないこの開放感。それがローウォーターのクルモにはあった。

思い切り遠くへラインを飛ばしたい欲望を抑えて、川をじっくり眺めてみると送電線の上流から右岸によった部分が黒く見える。つまり深くなっているのだ。幅にして10m、ウェーディングしている位置からその端まで直線で20mほどか。手前側に大きな石が沈んでおり、それが流れに変化をつけている。ラインを空中に保ち、その変化の部分を完全にクリアしないとドラッグがかかってしまう。そこで普段のように手前から順に釣ることを止め、最初から黒い部分の対岸側までフライを届けようと、それに必要なラインをリールから引き出した。

エムシュリンプ#6


一投目、フローティングラインの先のエムシュリンプ#6は、対岸側の黒い部分の境目にしぶきを上げながら突き刺さった。一投目にしてはほぼ完璧だと思っていたら、ラインが左側に曲がって流れている。「何でドラッグがかかるのだろう。」とロッドを上流に上げメンディングをした瞬間、フライが着水した地点に近いところで「ガボッ」と魚が水面を割った。

何が起きたのか全くわからなかった。それからリールが逆転し、やっと魚がフッキングしていることがわかった。さてどうしたものか。メンディングしてしまったから通常のフッキングとは逆方向にラインを張ったことになる。ここは魚が止まる頃合を見計らって、もう一度しっかりフライを掛け直したい。リールの回転が遅くなり、そろそろ止まると思われたとき、リールを押さえ、ロッドを岸に向けてゆっくりフッキングに入った。ロッドのバットが曲がり魚の感触を十分に感じる。よし大丈夫だろうとリールを巻く。フライラインの手前まで巻くとまた走る。先ほどのジャンプといい、その引き方といい、魚はあまり大きくないことはわかる。「たぶんグリルスだろう。」
シートラウト。1.9kg、60cm。緑の草と白い花。なんともヨーロッパ風。(AF Nikkor 35mm F2D)

そこで1712Hのパワーを使って一気にポンピングしながら巻き上げた。ローウォーターで、かつグリルスサイズにこのロッドは完全にオーバーパワーである。しかしなるべく早く取り込んですぐに次のキャストをしたい。魚の引き味とその手返しのどちらを選ぶといわれれば、後者を選ぶほうだ。おかげで瞬く間にリーダーの結び目が見えるところまで魚は寄ってきた。ふと後ろを振り返ると、ランディングの邪魔をしそうな石が3つほど水面から出ている。グリルスでも岸が見えると暴れるものだ。もう一度走ったら石のない下流に移動しようと思い、慎重にロッドを構えていたが、魚はそのまま止まったきりで、一向に走り出す様子がない。仕方なく慎重に岸の方向へ後ずさりすると魚は何の抵抗もなく付いてくる。何か拍子抜けしたので、面倒とばかりにそのまま岸に引き上げた。

「最後に引かないグリルスだったな。」と思い、魚を見ると斑点がある。何かの見間違いだと思い、もう一度良く見ると、やはり全身に斑点があり、尾鰭も小さい。またシートラウトだ。しかし一昨日のサイズではなく、グリルス位のサイズがある。口を見るとエムシュリンプ#6を深々と飲み込んでいる。後で計ってみると1.9kg、60cmであった。

シェフ特製ムニエル


釣りを終え、パーキング近くの草の上にシートラウトを横たえた。白い花と緑の草。とうとう遠い世界と思っていたヨーロッパの釣りができた。しみじみとした感慨の反面、「ちょっとノリ過ぎか・・・。」と自嘲の思いもした。
(AF-S Zoom Nikkor ED24-85mmF3.5~4.5G)

余談だがこのシートラウトはホテルにプレゼントした。一度は食べてみたほうがいいとマリアンが言うので、シェフに頼んだところ、翌日のディナーとして二切れほどが、立派なムニエルとなって食卓に上がってきた。食味の方?うーん個人的には一度食べたらいいかなあというものだった。しかしこのバターたっぷりのムニエルは少々胃にこたえ、食後一時間ほどベッドに横たわってしまった。

後悔


シートラウトを釣ったその日の午後、川はまた少し増水し、今までと何かが変わったような気がした。ビートAホームプール、スビーラを日中に3時間ほど試してみるが、何も起こらない。夜になり、またホームプール、ビートBレナとひたすらフライを投げ続けるが、何の反応もない。レナでは釣りをはじめてから一時間ほどした後、投げたエムシュリンプ#8が無視され、後から投げた沢田さんのブラックフェアリー#6にサーモンが食いついた。

エムシュリンプはもう効かないのか。それからブラックフェアリー、グリーンワスプ、トレブルフックに巻いたフィッシングファイアーとローズマリーなど、いろんなフライを試してみたが何もない。最後には駄目元と、去年レナで2本釣ったフィッシングファイアー2インチをインターミディエートラインにつないで投げるが、やはり何も起こらない。沢田さんも後が続かない。何故、どうしてなのだろう。

夜が明けたのでいったんホテルに戻り眠る。午後1時近くからビートCティルセットを釣る。雨だ。待望の雨だ。しかし増水中のサーモンは釣れないという言葉どおり、夕方6時までロッドを降り続けたが何の反応もない。いったい川はどうなってしまったのだろう。何かもう今週中にサーモンは釣れないのではないだろうか。へとへとになってホテルに戻るとバレンティンがいた。
レナプール。手前のアシカ岩は平水では水の中。釣りをしたのはこの岩よりずっと上。(AF-S VR Zoom Nikkor ED70~200mmF2.8G)

「ヒラノ、今日は寝るな。ビッグチャンスだ。」
「本当に?全然釣れる気がしないよ。どうやって釣ったらいいの?」
「シンキングラインにプラスティックチューブで釣るのさ。」
「このローウォーターで?」
「それがローカルメソッドさ。」

そういわれると休んではいられない。夕食をとり、早速出かけようとしたが、例のシートラウトのたたりか、少し部屋で休んでしまう。9時ごろティルセットに着くと、ティルセットの上流から帰ってきたアングラーが、10kg超の雄のサーモンと銀色まぶしいグリルスをぶら下げていた。

レナとティルセットの間はNFCのビートではない。その間でサーモンが釣れたと言う事は、もっと早く着いていればティルセットでそれに遭遇していたのだ。しまった。遅かった。少しぐらい胃がもたれていても駆けつければよかった。川原を急ぎ足で歩いてティルセットの左岸に立つ。

まだいるかもしれないサーモンを狙って、タイプIIIにスティングレイ2インチをつけて投げ続けた。むきになって投げ続けた。一度だけかすかな当たりがあったが、それ以外は何もない。ああ、最大のチャンスを逸してしまった。フライを投げながら、なんだか自分がとても情けなくなってきた。

ブリッジプール


時計を見ると午後11時を回っている。サーモンはもうすべて上流に行ってしまったのだろうか。次のビートはDのブリッジプールであり、ティルセットよりかなり上流のプールだ。今週に入ってからブリッジプールでは1本のサーモンしか釣れていないが、同じ組のバレンティンは来ないようなことを言っていたので午前零時から朝の6時まで、一人でプールを独占できる。見込みは薄いが6時間粘ってみようと、ティルセットを後にした。
減水のブリッジプール。橋より上流に立ちこんで釣りはじめ、右側の岩の突き出ているところを狙う。(AF-S Zoom Nikkor ED24-85mmF3.5~4.5G)

ブリッジプールは一番思い入れが深いプールだ。ガウラに最初に来た年、生まれて初めてフッキングしたアトランティックサーモンは、ブリッジプールの中央、深く黒く見える通称すり鉢の近くで根がかりのような当たりから始まり、10分ほど強烈にファイトしたが一度もその姿を見られないまま、フライの結び目が解けて下流の激流に消えてしまった。あまりの引きにサーモンを釣ることに恐怖感さえ覚えた。

その年はもう一回、次の年も一回ずつサーモンの当たりを取るが、十分にフッキングしないうちに外れている。去年は今年と同じように減水で、全くサーモンの雰囲気を感じなかった。NFCの名物プールで未だに1本のサーモンも釣っていない。「ブリッジプールで釣れないうちはサーモンフィシャーになったとは言えない。」と勝手に自分で決め付けていた。

ブリッジプールには交代時間の15分前に着いたので、橋の上からプールをずっと見ていた。まだ前の組が釣りをしていたが、水が多い時と同じように例のすり鉢付近を中心に釣っている。そこはローウォーターとなってしまっている今では魅力のない流れだ。案の定、二人とも釣れていない様だ。減水したプールを良く眺めると、橋の上流の荒瀬が橋の真下にある岩にぶつかり、その下流に三角形の鏡ができている。サーモンが少しでも止まるとしたらここだろう。

橋の上流の荒瀬に立ちこみ、鏡より上からその下まで投げたとしても、10投もしないで終わってしまうだろう。それ以外で可能性があるのはプールの最下流、プールの下にできている激流に向かう開きだ。ここにも三角形の鏡ができている。鮎釣りで言う瀬肩の三角というものだ。この2箇所しか釣るところはない。そこでロッドを2本用意して、前の組と入れ替わりにプールの岸に降り、ロッドをハットの屋根に立てかけた。1712HにタイプIIIをセットし橋の上流から例の鏡の下までを釣り、1612Dにフローティングラインをセットし下流の瀬肩の三角を釣ることにした。体力を温存するために途中は釣らない。つまり上流を釣ったらハットまで川原を歩いて戻り、そこでロッドを代えて下流を釣るということにした。この方法は一昨年、ギリーのヨナスとガウラ下流部を釣った時と同じやり方だ。

小雨が降っているせいか今夜のガウラは暗い。フライを結ぶのにかなり不自由するくらいの暗さだ。そこで1712Hにはスティングレイの2インチを、161D2にはナイトシェイドの1.5インチを結んだ。まず一流し目と上流に入ったが、さすがにティルセットと違いタイプIIIでは手前の石に根がかりしてしまう。タイプIIに変えるが手前ぎりぎりまで欲張って流したせいか、リーダーが石に絡みついてしまった。リーダーは-8X。どうしても切れない。どうにかラインを持って思い切り引くとリーダーとフライラインの継ぎ目が裂けてしまった。

SS1712D_H


どうしよう。暗い中でスプライスをし直すかと考えたが、時間がもったいない。そこで普段は1612D用にしている短いラインのタイプIIを結んでみた。これが正解だった。ラインが短いのでピックアップが格段に楽になり、そして簡単にポイントにフライを落とせる。つまり流し終わったフライを直接バックキャストでピックアップし、左手をうまく使ってショートストロークでループを作り、遅いラインスピードのままシュートする。ポイントの上までフライが到達したらロッドティップを下げる。着水と同時にフライが小さな飛沫を上げる。まるでアキュラシー競技をやっているみたいだ。これなら一晩中振り続けられる。
ブリッジプールの橋の上から見た瀬。黒、茶色、黄色。(F-S VR Zoom Nikkor ED70-200mmF2.8G PL)

1712Hは遠投するだけのロッドではない。ループの安定感を生かしたアキュラシー性能とラインの取り回しの良さは抜群である。1612Dを一旦持ってしまうと確かにその重さを感じてしまうが、それでもできるだけこのロッドを振っていたい。上流の釣り方に目途が付いたので次は下流を釣る。川原を歩いてハットまで戻り、そこからまっすぐ川に下りると白い石が沈んでいた。それは立つのに丁度良い大きさで、そこから一歩も下がらずワンキャスト毎にラインを出していく。45度の方向にまっすぐに伸びたフローティングラインがその直線を保ったまま下流の真下まで流れる。次のキャストで2メートルほどフラットビームを出し、また同じようにラインが流れる。

それを5回ほど行うと鏡のすべてをラインの直線を保ったまま流し切ることができた。やっとできた。これがやりたかったからキャスティングの練習に明け暮れたのだ。4回目のガウラでやっとまともに釣りができるようになった。

午前2時になり、少し川が明るくなった。スティングレイをフィッシングファイアーに、ナイトシェイドをオレンジフレームに代えてまた釣り続ける。上流と下流を一旦釣ったら15分ほど休む。ホテルからもらってきたポットのコーヒーをすすり、たまにバナナをほおばる。しかし当たりもなければサーモンのジャンプもない。ただただキャストしては休憩を繰り返す。

オリジナルフライ


午前4時、小雨こそ降り続いているが、川は更に明るくなった。岸近くはさらに黄色く透き通って見えるようになったので、フライを代えることにした。フローティングラインにはチューブのグリーンワスプを迷いなく結んだが、シンキングラインはどうしよう。そうだ、全く実績がないが新しく巻いてきたフライを結んでみよう。フィッシングファイアーをベースに、ハックルをイエローイーグルに、ボディをブラウンに、オーバーテールはブラウンヘロンに、そしてジャングルコックは赤に変えたフライだ。実はこのフライはあるアニメキャラクターの色彩をヒントにしたのだが、デスクの上で巻き上がった時には少し変なカラーバランスだなと思っていた。しかしリーダーに結び、ガウラの水に泳がせてみると本当に驚いた。色が合っている。カペカリーの黒、イーグルのイエロー、ボディのブラウン。そしてイーグルの動きと赤のジャングルコックは妖しさを発している。これなら行ける、これで6時まで釣ろう。

一流し目、何も起きなかった。下流のグリーンワスプにも何の反応もなかった。すると対岸の橋下にフライマンが現れ、狙っている上流の流心に向かってスペイキャストを始めた。対岸はNFCのビートではない。だからといって邪魔をするのも気が引ける。どうしたものかと彼のラインを眺めていた。スペイキャストによって投げられたフライは例の鏡を越えて、つまりこちら側に落ちている。ということは鏡の中ではかなりのドラッグがかかり、フライは走ってしまっているはずだ。対岸の岩の手前でターンを終え、そこから先しかサーモンが食いつくチャンスはないだろう。ということは、彼の釣っている範囲と今狙っているポイントは違うことになる。そして彼の釣っている範囲で釣れる確率はこの状況ではほとんどないのではないか・・・。
サーモンの鼻曲がりにフッキングするなんて。もうフックは抜いてあるが、跡はお分かりいただけると思う。(AF Nikkor 35mm F2D)

今、サーモンが来て彼が釣るならまだしも、このままでは素通りされてしまう。彼がキャストを止めるまで待っていたら今までの時間がすべて無駄になってしまう。そう考えるやいなや、手が勝手にロッドを取り、足も勝手に上流に歩き始めていた。

クライマックス


橋の上流の荒瀬に立つ。対岸のスペイキャストのラインとトラブルを起こさないように、キャスティングのタイミングを計る。より正確に投げたいため、それまでよりややスクエアにラインを投げる。5投目、アクションをつけながら例の鏡の中でイーグルが妖しげに泳いでいるだろうと思った瞬間、リールがいきなり逆転し悲鳴を上げた。まずい。こういった強烈な当たりはフッキングが悪いはずだ。サーモンは流心に走り一旦止った。ロッドを岸側に倒し、バットを思い切り曲げてフッキングに入った。サーモンは狂ったようにすり鉢の中へ走る。

「Fish!」対岸のフライマンに叫んだ。彼は驚いてすぐにスペイキャストのラインをしまってくれた。すると今度はすり鉢より上流、彼の足元近くでジャンプした。フライラインの先とジャンプの方向が全然違う。あわててラインを巻き、ロッドにテンションをかける。するとサーモンは一気に下流に走りまたジャンプ! ほぼ橋の下でファイトをしているから、まさか下流の激流に下ってしまうことはないだろう。しかし下流に走られるとやはり冷や冷やする。

ロッドを寝かせ、まっすぐ上流に引いてラインを巻き取る。サーモンはまたすり鉢の中で止まる。対岸の彼はしきりにロッドを立てろと合図している。フッキングが悪そうだからロッドをあまり立てたくないが、いつまでもこうしているわけにも行かない。よし勝負だ。ロッドを立て、背中を反らせながらポンピングをはじめる。1712Hが今迄で一番曲がる。鏡の中までサーモンを引き寄せると、重くゆっくり底に行こうとする。普段はここで一旦こう着状態になるが、ロッドのパワーと柔軟性を信じ、底に行こうとする動きを止めるようにプレッシャーをかけてみた。どれほどの時間だったのだろうか。長い時間に感じたが30秒ほどだったかもしれない。大きく曲がったロッドの先からグラッという感覚が来た。サーモンが疲れたのだ。それからは簡単にリールが巻けるようになった。いよいよ岸に寄ってきた。しかし手前には先ほどリーダーが絡みついた意地の悪そうな石が見える。不味いかな、と思うと同時に「ガツン」という衝撃。

「外れたか!」その瞬間はとんでもなく情けない顔をしたに違いない。「ああ駄目だったか。」と思った。が、まだロッドに重みが残っている。「外れてない!取れるぞ!」。
背景にログネスの橋を入れ、サーモンを持って立つ。この3年間、一番撮りたかった写真はこれだったのかもしれない。(AF Nikkor 50mm F1.4D)

とうとう来た。ブリッジプールの岸際に自分のフライを銜えたサーモンが来た。サーモンの背中が水面を割り大きな尾が見えた。鷲掴みで尾の付け根を持ち、そのまま水中から抜き上げた。石の斜面を登り、草の上にサーモンを横たえる。この瞬間を何度思い描いたことか。やっと、やっとブリッジプールでサーモンを釣ったのだ。しかも雄だ。そして太い。フレッシュではないが完璧な魚体だ。しげしげと魚を眺め、感慨にふける。夜のティルセットから7時間、とうとう釣れた。こんなに粘って魚を釣ったのは初めてだ。日本の川だったらとっくにあきらめて違うプールに行っているだろう。ビートのタイムリミットは朝の6時まで。だからこそ時間一杯釣ろうとして釣れたのだ。

3年越しの記念撮影


フリーフックのため、リーダーの中ほどに移動しているイエローのスクイッドフライがとてもいとおしく見える。その先にあるフックを見つけた瞬間、唖然とした。なんとトレブルフックの一本が、サーモンの上顎、それも鼻曲がり部分の裏側に突き刺さっている。さっきの瞬間フックが一旦外れ、運良く上に刺さったのかどうかわからないが、トレブルフックでなかったら、このサーモンが雄でなかったら、今年もブリッジプールにふられていたのだろう。なんという幸運。なんという偶然。天に感謝したくなる。

クラブハウスで計ると98cm、9.2kg。目標の1m、10kgには届かなかったが、このサーモンはいつまでも深く思い出に残るだろう。満ち足りた気分でエントリーシートに記入する。初めてBridge Poolと書く。フライのネームを書く欄でペンが止まる。どうしよう。アニメのキャラクター名をそのまま書くのは気が引ける。そのキャラクターは雷のように電気を出すネズミだから「Thunder Mouse」と書いておいた。

レナのおまけ


一週間の終わり、最後のビートはB。レナとラングワである。状況はますます悪くなっていた。朝の4時、明るくなったレナでイエローマスタード#10、グリーンワスプ#8を投げるが、全く何の反応もない。気分を変えようと上流のラングワに行くが、減水が著しいため五回も投げると釣るところがなくなってしまう。もう止めようか。釣れそうもない。これで終わりかと思い、車の屋根にロッドをくくりつけると下流に見えるレナの流れ込みが未練を誘う。「あと一流しだけレナを釣ってみよう。ひどい減水だが、最後だからブリッジプールで思い出を作ってくれたタイプIIと例のフライを流してみよう。」
すっかり黒くなってしまっているサーモン。3.6kg、78cm。( AF Nikkor 50mm F1.4D)

レナプールの流れ込み上流に立ち、あの時と同じようにややスクエアにフライを投げる。ロッドを振ってアクションを与える。すると3投目、リールが程よいスピードで逆転した。ロッドを岸に向けて慎重にフッキング。サーモンがジャンプする。あまり大きくない。多分グリルスだろう。フッキングは良さそうだからポンピングして一気に寄せる。岸近くで暴れるのをいなし、ランディング。

これほどスムーズにファイト、ランディングをしたことはない。フックが上顎と下顎の間に深く突き刺さっている。フッキングも完璧だ。レナがおまけをくれた。グリルスではなく、小さいメスのサーモンで、78cm、3.6kgだった。しかしこのサーモンは特に黒い。おまけにヤツメウナギが付いていたのか、右側の胴体がえぐれたようにへこんでいる。今年はフレッシュフィッシュがなかなか釣れない年だ。いや去年もシーライス付きは釣れなかったなあ。

サーモン旅情


日曜日の夜。新しいローテーションが始まる。7時30分からビートの説明があるのでホテルのロビーは賑やかだ。それが治まった8時過ぎ、夕食を取りにレストランへ行くと沢田さん夫妻が待っていてくれた。

「今回は良く頑張ったじゃない。」とマリアンが言ってくれた。

「運が良かっただけです。でも…。」と問いかけをしようとした時、彼女はそれを察して口に出せなかった質問の答えを言ってくれた。

「ちゃんとサーモンフィッシャーマンになったわよ。」

「じゃあ、やっと小学校に入学したということで・・。」と嬉しく答えると、沢田さんが窓の外を見ながらつぶやいた。

「こんなに釣りをしたこと、今までなかったでしょう。平野さんもこの諸行無常の釣りをやっていくのか…。」

手に持ったシャンパングラスの中から無数の泡が上っていく。それを飲み干し、ボトルから注ぐとまた新しい泡が無数に湧き上がる。それはいつまでも限りなく。まるで繰り返し出来ては消えるフィッシャーマンの夢のように・・・。

-- つづく --