解禁日の朝、釣り始めて1時間程で幸先良く今シーズン初のサーモンが掛かりました。
その年初めての釣果はロッジのオーナーやスタッフの方々、同宿の方々を活気付け、
川辺の小さな町ではちょっとしたニュースとなります。だから初日のこの魚は何とかキャッチしたかったのですが、
想いとは裏腹に、このサーモンは正しいフッキングの手順を踏む事無く漫然とファイトに突入してしまいました。
以前、国分寺で沢田さんから御教示頂いた「フック位置の掛け替え」という神業を、
シーズン一尾目のサーモンで試す勇気が私にはありませんでした。
フッキングがきちんと出来ていない魚とのファイト中、これでは不味いと思いつつも、何とかこのままでランディング出来るのではないか
という甘い考えに徐々に支配されて行きました。案の定、ランディングまで後もう少しという時に、サーモンは呆気なくバレてしまいました。
「あぁ、やってしまった‥」今シーズンのチャンスは、もうこれで終わりかも知れないと思うと、
まだ始まったばかりなのに、どっと疲れが出て思わず足元がふらつきました。
例年と同じ様に、長い長い釣れない時間が過ぎ去り、早々に夕闇が迫って来ました。川の流れ、着水するフライ、
伸びて行くラインもよく見えず、あと2~3投で納竿せざるを得ないと思っていたその時、流れを横切るフライが静かに止まりました。
リールは時折ジー、ジジッと僅かに音を立てて、二尾目の魚が微かに針先に触れている状態である事を教えてくれます。
すべての動作を停止してからおよそ2分が経過しても、サーモンはフライを咥えてから、
まだ何が起こっているのかを察知していない様子です。
やがてラインを介して、斜め後ろから軽く引っ張られている事に違和感を感じ始めたのか、サーモンは少しずつ上流へと遡り始めました。
まだまだ我慢我慢と自分を戒めていると、遂にギィーッと異様な高音と共に、フラットビームが勢い良く引き出され始めました。
夕闇の中でもはっきりと分かるほどの大きな水飛沫が上がり、糸鳴りから察するにサーモンは反転して下流へと走り始めた様子です。
ロッドを岸側へ倒し込みながらリールにしっかりとブレーキを掛け、フッキング完了(と自分に言い聞かせ…)。
暗がりに銀輪が何度も高く舞い上がっては大きな水飛沫を上げて、対岸のビートで仕舞い支度をしていたアングラーからの歓声も聞こえて来ました。
手探りで無事にランディングに成功。何度もジャンプを繰り返したした魚は、銀色に輝るメス11.3kg / 98cmでした。
サーモンを求めて9年間、やはりどうしても大きくて美しい魚が釣りたかった為、私は空振りを覚悟の上で
シーズン初期の釣りに拘りました。
当初はハイウォーターの滔々たる冷たい流れに手も足も出ませんでしたが、その後は解氷直後からの釣りを始め、
雪融けの大増水をチャンスとして大河にも取り組みました。ビートの予約の関係や、天候不順などによって2年間は少ししか竿を出せませんでしたが、
それでも過酷なシーズン初期の経験値を上げる事が出来たと思っています。
これまで太平洋側で行って来た事を大西洋側でも一から取り組み直しました。
また、沢田御夫妻を筆頭に各所で世界的なレジェンドである先生方や大先輩方に色々な事を教えて頂きながら実釣を重ねて、
年々少しずつではありますが、サーモンフィッシングの理解が進んで来ている様に感じています。
そして理解が進むと同時に、新たな疑問や課題が次々に湧き上がって来ています。
最終日のビートは広範囲をカバーする必要がある河川形状でした。その流れはユニフォームな河床から、
留まっている魚を釣ると言うよりも、通り抜けるムービングフィッシュを一瞬だけ狙うといった釣り場の様に見受けられました。
水深は浅からず深過ぎず、通過する魚は何処からでもフライを咥えに出そうな雰囲気が漂っています。
勿論、運よく遡上して来たサーモンの視界をフライがタイミング良く通過する確立は気が遠くなるほど低いと思われますが、
その稀少なチャンスに一瞬だけ巡り合える事を信じて、常にフライの動きに充分な注意を払いながら操作を行いました。
流れとフライの速度を鑑みて、ラインを替えたり角度を少しずつ調整しながらキャストを続けました。
対岸際にフライが着水して泳ぎ出してからおよそ5秒後「バサッ」と水面が割れてサーモンがフライを奪い去って行きました。
スティールヘッドトラウトやパシフィックサーモンでは考えられない大胆なテイクに驚きながらも、
フッキング、ファイティング、ランディングまでの一連のやりとりに成功して手にしたサーモンは、
12.4kg / 101cm 、はち切れそうなほど丸々と太った実に綺麗なメスでした。
7月に入ってサーモンの遡上が本格的になると、課題であるフックの掛け替えを試みました。
フックを抜き切る時のブチッという感触は、ティペットが切れる時によく似ていて、初めの内は加減が分からずドキッとしました。
規定によりトレブルフックを使えない事や、夏の小型フライはワイヤーが細めと言う事もあってか、
抜けたフックは手元へ虚しく返って来る事がほとんどでしたから、この離れ業を自在に使いこなせる様になるには、まだまだ時間が必要ですが、
ある程度の感覚をつかみ、可能性を感じる事ができました。
また、ここ数年間は、サーモンへのアプローチとしてパワーウェットが如何に優れているかという事を、東カナダに於いても改めて実感しています。
来季はアドバンテージを更に生かせる様、オフシーズンの間に着々と準備を始めようと思っています。