今夏のスティールヘッドの遡上は過去10年のアベレージの1.4倍と、久し振りの所謂「当たり年」となりました。
また、カナダ産の松茸も久し振りの「当たり年」となり、ローカルでは季節の味覚を存分に堪能する事が出来ました。
過去のデータを振り返ってみると、両者の「当たり年」には何等かの関連性がありそうです。
気候変動の推移が両者の成育サイクルに影響しているのかも知れません。
周知の通り、遡上数の多い年は魚の平均サイズが小型化する傾向にありますが、例えそうだとしても稀少種を釣るチャンスが増えるのですから、普段は余りスティールヘッド釣りをしない人達も、今年は大勢が川へと繰り出して来ました。
川はそのデータのお陰で何処へ行っても釣り人で満員御礼の状態となりました…。
数グループによる抜きつ抜かれつのドリフト競争では、有望なランを相当数諦めなければなりませんでした。
誰かが入渓した後から魚を釣る事自体は可能なのですが、待っている時間が長ければあっという間に日が暮れてしまうので、
巡り合わせで空いているランに入る事になります。
その結果、遡上数の恩恵に与れない事になってしまいます。
私は喧騒を避けて遡上データなど一切出ていない、より野性味の強い水系に行く事にしました。
この一週間は晴天が続き、各河川は見る見るうちに減水して行きました。夜半からやっと雨が降り出して河川は潤いを取り戻す筈です。
その後、支流群は直ぐに濁り出すに違いありませんが、本流に濁りが集まるまでにはタイムラグがあります。
私はこの短いチャンスを活かせる様、想定し得る状況への準備を夜通しで行いました。
まだ朝日が昇る前の薄暗く冷たい秋雨の下、岸際に横たわったのはフレッシュな91cmの雄でした。
もう少しで次の流れ出しという、広大なテールアウトぎりぎりの速い流れでドシッとラインが捉れました。
鮮やかな生命反応があるまで魚だとは断定出来ないのですが、私はその固唾を呑む一瞬がとても好きです。
午後になって大粒の雨がバラバラと落ちて来ました。
パワーウエットに相応しい大河本流の見事な渓相と、大きな底石にさざ波立つ垂涎ものの流れをした大きなプールに向き合いました。
ぐずぐずしていると支流群の濁りであっという間に埋め尽くされてしまう為、私は大急ぎで支度を整えて、ランの頭から流れを刻み始めます。
どこでフライを奪い去られても不思議ではないほど魅惑的な流れなので気が抜けません。
風雨がチューブフライのターンを邪魔するので、着水前にラインを張り、角度の調整も行いました。するとフライは着水して直ぐにそのまま水面下へと静かに引き込まれて行きました。魚は数投前からフライの様子を伺っていたに違いありません。
グイグイと好き勝手にラインを引き出して行ったかと思うと今度は動かなくなり、こちらが幾ら強く引っ張ってもテコでも動きません。
そしてまた動き出すと、パーミングによる強い抵抗をしても何事も無いかの様に、気の向くまま軽々と自由にラインを引き出して行くのです。
良型魚に特有の、この制御不能のハラハラする状態は、未知の大物への期待が膨らみ胸が高鳴りますが、この状態では魚は未だ本気を出してはいません。徐々に目覚め始めると酷い暴れ方を始めます。
この魚はファイトに入ってからもコントロールし難く、あれやこれやと手を尽くすものの止められず、とうとうテールアウトの危険区域に達してしまいました。Salmon Ⅱを覗き込むと、間もなくフラットビーム・スーパー・フローティング/35lbsが尽きて、黄色のフラットビーム・スーパー/35lbsに切り替わろうとしています。
こうなれば仕方がありません。出来る限り川へ立ち込んで、なるべく真上流から魚を引っ張り上げることにします。
魚の首振りの角度と抵抗の間合いを突いてログネスの強靭なバットを曲げてポンピングを開始。
ミシミシッとコルクグリップの内側から竿が曲がっているのが分かりますが、ロッドの設計者が誰であるかを考えれば、私達は絶対的な安心感の下でビッグファイトへ挑む事が出来る訳です。針やリーダーもしかりです。
やがて主導権は釣り人側へと少しずつ傾き始めました。
トルクフルで最後まで粘り強いオス独特のファイトをした、太古から何も変わらない野生100%のニジマスが、やっと水際に横たわりました。
この強烈な筋力と、最後の最後まで諦めない精神力には、相手が魚とは言え、本当に頭が下がる思いでした。
まだこの先、長く険しい旅と過酷な越冬が彼を待ち受けています。
この素晴らしい遺伝子を残して欲しいと願いつつ、充分な回復を待ってから冷たい水に痺れてきた手をそっと尾から離しました。