ウェットフライの不思議な当たり
ドライフライを使って釣っているときでさえ、このじゃれる魚や気が変わる魚に惑わされる。フライと、それに飛びかかる魚を見ていても騙されるくらいだから、ウエットフライはまるで闇の中を手探りで歩くようなものだ。ほとんど全ての情報をロッドの先に伝わってくる振動から取らなければならない。一つ一つの疑問を解くにも、随分と時間が掛かる。それでもウェットフライのフッキングが決して悪くないのは、フライを飛び越したり、直前で急停止したりする魚の姿を見なくてすむからだろう。どんな食い方をしようが、フライと接触するまで冷静でいられる。
ウェットフライが不思議な能力を備えているのは、魚の単純な食欲に訴えるだけではないからかも知れない。
ところがロッドの先に当たりを感じたのに、すなわち魚が明らかにフライと接触したのに、どうしても掛からないことがしばしば起こる。当たりの数に比例して起こることは少なく、ある時、そんな出来事が集中する。こうなると目で見ることのできないことが恨めしくなってくる。
ウェットフライを始めた頃、魚が同じようにフライを捕らえても、その時のラインの張り具合によって、ロッドの先に伝わる当たりは様々なことに気がついた。無理やり言葉に置き換えると、ドスン、ガツン、ゴン、グン、コン、ビクビク、ピク、ブルブル、クン、グイー、ギューン、ジワーと言ったものだ。何となく雰囲気だけ伝わったのではないかと思う。
ロッドの先に感じる様々な当たりは、魚の食欲や気分を反映しているのだろうか。
ウェットフライの経験の豊富な方なら、どんな当たりが最も確実にフッキングするか、よくご存知のことと思う。逆の言い方をすると、合わせ損ねたとき、どんな当たりならそれも仕方がないと直ぐに諦められるかだ。釣り方は人によって多少の差があるから、当たりに対する印象も人によって違いがあると思うが、フライをバッサリと押さえ込んだ時と、軽くつついた時では当たりの種類も大きく変わる。ほとんど針掛かりしたことのない当たりは、一体どんな格好で魚がフライを食べたのか想像して見るのも面白い。もしかしたら、魚が口を使っていないかも知れない。
サーモンIIのリールがトラウトリールのように見えるほどの巨体で、サーモンはフライを相手に戯れるのだろうか。
2インチのオレンジフレーム。これを見つけたサーモンは、河川に遡上するまで毎日頬ばっていたエビを思い出すのか、それとも見たこともないおかしなエビに興奮して襲いかかるのか。
近年サーモン・フィッシングを続けていて、この不思議な当たりに悩まされることが多くなった。サーモンはトラウト・フィッシングのように頻繁に当たりがやってこない。いきおい、少ない当たりを逃すまいと神経を張りつめるから、余計に気になるのかも知れないが、未だかって針掛かりに成功したことのない当たりが何種類かある。突然やってくる強烈な当たりはよく外れるが、一度掛かってから外れるから、この類の当たりではない。私にとって今のところ最悪の当たりは、文字で表すと「クーン」とでも言おうか、とにかく不思議な当たりだ。もう一種類は「フアー、フアー」とこれも全く理解できない当たりだ。確かなことと言えば、どうやってもフッキング出来ないことと、ある日、この手の当たりが頻繁にやってきて、一日中フラストレーションに苛まれることだ。一つ判っていたことは、その不思議な当たりを何回か感じた日は、多くの他のアングラーも感じていることだ。
広大な流れの中で、何時やってくるか判らない当たりを待ち続ける。
私は何か判らないことがあると、大抵の場合、先ず有能なギリーに尋ねる。元々答えが見つかりそうもない問いだから、いきなり正解が返ってくることなどあり得ないが、川縁で最も長い時間過ごしている人間だから、面白いヒントが沢山見つかる。この不思議な当たりについては、スウェーデン人のヨナスというギリーが面白い話を二つ聞かせてくれた。彼の長いギリー生活の間に数回目撃した出来事である。
一つは10年程前の話だった。彼はその日、橋の上から秋の気配が漂う川面を眺めていた。すると風と共に小さな木の葉が一枚、ひらひらと水面に落下した。驚いたことに、その木の葉めがけて深い淵の底から一匹のサーモンが浮上し、その木の葉を鼻先でつついた後、まるで味を調べるかのように数回噛みつき、吐き出したと思ったら、もう一度噛みついてから姿を消した。その一部始終を目の当たりにした彼の言によれば、サーモンは明らかにそれが木の葉であって、食べ物ではないということを知っていたように見えたそうだ。
ローズマリーをくわえて上がってきたサーモン。どうしてそれをくわえているのか、是非とも聞いてみたいものだ。
1-1/4インチのグリーンワスプ。誰が見ても餌に見えるだろうこのフライにも、サーモンはじゃれる。
もう一つは、他の釣り人がルアーでサーモンを釣っているのを眺めていたときの話だ。ルアーが水面に落ちて直ぐに、大きな水しぶきと共に跳ね返された。サーモンが落下したルアーを思い切り尻尾で弾き飛ばしたのだ。そしてもう一度同じことが起きたとき、ルアーのフックがサーモンの尻尾に掛かってしまい、釣り人が大騒ぎしていたそうだ。
サーモンはあれほど大きな身体になっても、20cmのヤマメと同じように、或いはそれ以上に好奇心が強く、気に入らないものを排除したり、食べ物でないことが判っていても遊ぶようだ。私は以前スティールヘッドを釣っている時にも同じような思いをしたことがあるから、おそらくサーモン以外の魚も似たような行動をすることがあるのだろう。そう考えると、あの訳の解らない不思議な当たりの謎が解けそうである。この目で見た訳ではないから想像の域を出ないが、サーモンが水中でフライをはじき飛ばしたり、フライラインやリーダーに身体をぶつけたりすることも、そう珍しいことではないのかも知れない。
-- つづく --
2001年07月29日 沢田 賢一郎