回転するフライ
複雑な流れの中でも安定した姿勢は、魚にとって魅力的な姿勢なのだろうか。
逆立ちしたフライに何故魚が出ないのだろう。水面高く浮くフライに対する反応が悪くなるのは何故だろう。ウィングの取り付け方が悪いと、フライがキャスティング中に回転することがままある。するとリーダーが捻れ、それが元に戻る力で水面のドライフライが回転する。フライが水中に有る場合はどうだろうか。ウェットでもストリーマーでも、泳ぎながら回転してしまう。これも魚の反応が悪い。魚は一体フライの何処を見ているのだろう。魚の反応の悪いこの三つの症例は全てフライそのものの姿と直接関係有るのだろうか。
逆立ちしたフライが元に戻れば魚が飛びつく。水面を転がるほど浮力の大きいフライでも、浮きが悪くなると魚の反応が良くなる。回転するほど捻れた形であっても、放って置くか、回転しないように流せば魚が捕らえる。これも又、今日、広く知られている事だ。
スペントウィングは姿勢が崩れにくい形の一つだ。
そうなると、魚は彼らが通常食べている餌と同じような現れ方をするものに対し、敏感に反応することになる。確かに逆立ちしたメイフライやセッジが流れていくのを見たことがない。おそらく魚も見たことが無いに違いない。回転もそうだろう。そしてタンポポの種のように水面を滑る餌も少ないのだろう。
それが魚の反応を悪くする原因であるなら、フライをより自然な流れ方、浮き方、泳ぎ方に近づけることは、効果が大きいに違いない。
雪の舞う3月の高原川。水温が高いため、ドライフライに盛んにライズする。
上を向いたフライ
形のすっきりした綺麗なフライを巻きたい。魚が目の色を変えて飛びつくようなフライを作りたい。フライに触れただけで確実にフッキングするフライを巻きたい。どんなジャンルのフライを巻くときでも、そう思い続けた。もしゃもしゃの毛玉のようなフライより、餌となる昆虫や小魚の色々な部分をコピーしたフライの方が、如何にも魚が好みそうに見えたけれども、フライを巻き始めて暫くの内は、たまたま身近にあったお手本に似せて作った。ハックルが沢山あるのも、テールのファイバーが一摘みあるのも、フライを浮かすために考えたのだろうと納得して巻き続けた。
巻き上げたドライフライが綺麗に水面を流れる姿を見ると、巧く作れたことと、そのデザインが正しかったことの両方に満足できた。ところが、折角顔を出した魚が途中で帰ってしまったり、上手くいったと思って合わせても、空合わせに終わったりすると、何故なんだろうと頭を抱えてしまう。水面に浮く性能は申し分ないが、魚を誘惑する能力に欠けているのではとか、良く浮いて魚も良く出てくるが、針掛かりの悪い形なのではないかと疑い始めた。一度、そうした疑問を持つと、とことん解明しないと気が済まないたちだったから、フライを魚の気持ちになって見直すことから始めた。魚の気持ちなんて本来気まぐれで、さっぱり判らないものだけど、ここは判ったつもりで考えを巡らしてみた。
テレストリアルの多くは水面に辛うじて浮いている。
先ず、魚の反応が鈍い、出が悪いことの原因はフライの形がおかしいからではないかと見当をつけた。フライフィッシングに手を染めた全てのアングラーが真っ先に患う病だから、全ての読者が納得してくれると思うが、目の前にあるフライを片っ端から改造し始めた。改造と言っても、単に本物の餌に近づけるだけの話である。
最初にテールとハックルの分量を半分以下にする事から始めた。本物の虫にはこんなに沢山の尻尾と足が無い。出来上がったフライは如何にも魚が好みそうな形である。私は意気揚々と釣り場に向かい、早速そのフライを試した。結果は惨憺たるものだった。良し悪し以前の問題で、フライが浮かないのであった。浮いて流れてくれさえすれば必ず釣れると、念仏を唱えるようにフライを投げ続けたが、只の一度も浮くことなしに終わってしまった。
私は試しに水分を良く切ったフライを足下の流れに落としてみた。するとフライはハックルを水面に広げて浮くのが精一杯で、ボディとテールが水中に沈んでしまった。まるで破れたこうもり傘が水面に浮いているような、おかしな景色だった。そして、それも間もなく水中に没してしまった。不自然に見えても、ドライフライが今日の形に落ち着いたのは、それ相当の理由があったのだ。
解禁直後の高原川。ハッチした小型のダンが水面を盛んに流れる。
チューブフライの姿勢を良くする
話は一気に25年以上も飛んで、世紀が変わろうとする今日の話題に移る。チューブフライを駆使してサーモンやサクラマスを釣っていると、ある時フライの姿勢が気になってくる。水面に浮いているわけではないから、浮き方が問題ではなく、水中を泳ぐ姿勢のことである。「ウェットフライ探求」でもふれた問題だが、大きなシングルフックを使うと、流れの緩い場所ではフック、即ちボディが下がってしまい、ウィングとの間に隙間ができてしまう。これはフライ本来の形とは程遠い。勿論、魚の反応も悪くなる。この現象を根本的に解決するためにリチャード・ウォディントンが考案したのが、今日、我々が使用しているウォディントン・シャンクの始まりである。同じ時期に、チューブを使用したフライも急速に広まった。どちらもセットするトレブルフックが、フライ全体の大きさから見ると、大変小さい。勿論、シングルフックに巻いた場合と比較してのことだが。
トレブルフックを使用した時点では、それまでのシングルの時代に比べ、フライの姿勢は大幅に改善され、その効果も大きかった。しかし、そうするのが当たり前の時代、即ち今日の状況だが、更に良い姿勢に対する欲求がエスカレートしている。1999年にそれ迄の製品に比べ軽く、細く、鋭いST1・トレブルフックが完成したとき、日本とヨーロッパの多くの人々が大歓迎してくれた。チューブフライの多くはプラスティックのチューブを使用している。その軽いチューブに装着するのにST1の軽さは誠に具合が良かった。フライが水中で上を向かない。そのおかげで良く釣れるようになったと言う声を、随分聞かせて貰った。
雪代に磨かれたイワナ。水温が低くても、食欲は旺盛だ。
ところが2000年に10kg以上の大物用フックST2を完成させると、問題は又、振り出しに戻った。ST2は10kg以上のサーモンを連続して釣り上げても、殆ど変形しないだけの強さを持っている。当然ST1より重い。同じフライに両方のフックを取り付けた場合、明らかにST1を装着したときの方が、尻尾が下がらず、姿勢が良いのだ。しかし生涯記録となるような大物を目指しているアングラーにとって、フックの強度は譲ることのできない条件だ。では、どうやってその問題を解決するか。
フックが重いとフライのプロポーションが崩れてしまう。
理想の姿勢。
第一は、フライを真横から見たとき、チューブボディをフライ全体の中程に位置させ、ボディがフックの重みで下がっても、ウィングとボディが離れないようにする。ウィングを全てチューブの上側に縛らず、半分ほどを下側にも縛るようにする。ローズマリーなどのスクィッドフライは初めから均等に巻き上げてあるので、この点は便利である。
第2はボディをできる限り短くする。ボディが短ければ短いほどフックが下がる現象が緩和される。特にヘッドの近くにジャングルコックを結んだパターンは、こうした方がフッキングが向上する。
第3は短いカッパーチューブを使用する。重いカッパーチューブはフックの重さによる影響を受けないため、常に良い姿勢を保つことができる。
第4は、短いカッパーチューブとプラスティックチューブを組み合わせてハイブリッドチューブを作る。こうするとフック側だけが下がることが無くなり、更に長いボディを作ることも可能となる。ただし、カッパーチューブをプラスティックチューブの中に押し込めるのが少々厄介。
-- つづく --
2001年05月13日 沢田 賢一郎