4月末、快晴、爽やかな青空、残雪の富士山を背景に満開の桜並木が川辺を彩り、吹き抜ける爽やかな風に桜吹雪が舞い上がる。春爛漫。私はきらめく光のなかをゆったりと流れる川面に、あらゆる生命が目を覚ます予感を感じながらゆっくり川見をし、昼間の時間を過ごす。何度来ても川見は大切だ。思わぬ発見や疑問に出会い、時にそれが明暗をわけるような事態に発展することもある。
解禁直後から大活躍を続けてきたマドラーミノーは、幾分その威力が落ちたとは言え、まだまだ魚にはたいそう魅力的に映るらしい。最後にきた4月中旬には、イブニングライズの終盤に、この時期としては大物の50センチクラスの虹鱒を引きずり出した。連休に入って人が多いのが気になるが、今日もきっと期待に応えてくれるに違いない。私は夕方に備え、有望なポイントを慎重に観察し、障害物の多い場所では実際にラインを投げて、ポイントまでの距離を出来るだけ正確に把握した。
午後5時、支度をして川に向かう。しかし目当てのポイントはすべて釣り人でいっぱいだ。上から下まで隈なく歩いたが、見込みのありそうなポイントはすべて満員だった。困った挙句、対岸に複雑に木が生い茂ったこの川随一の難しいポイントに入った。さすがに多くの人が敬遠する場所だ。誰一人釣り人はいなかった。しかし、貸しきり状態とはいえ本番でいきなり投げるにはあまりにも障害物が多すぎる。私は急に心配になり、数回練習でラインを投げて、何とか距離だけでも把握しようとした。
周囲に比べて幾分暗いこの周辺はライズの始まる時間が早い。もう少し練習したかったが、諦めてフライを結んだ。勿論、春からの実績をかって名コンビある#6のマドラーミノーと#8のクイルウイングを持ったセッジパターンを結んだ。
結論から書くと結果は惨憺たるものだった。ライズを狙って投げたフライは対岸を釣るし、枝に掛かったリーダーを強引に引っ張りドロッパーから切れること3回。結局釣れた魚は20センチを少し超えたブラウンと虹鱒が各1匹だけだった。ただ、いずれの魚も#6のマドラーミノーをしっかり咥えて上がってきた。こんな小さな魚でも必死になって餌を探している時は、口一杯に頬張る位の大きなフライにも平気で襲い掛かり、しかもしっかりとフッキングすることがわかった。今までフッキングに失敗すると魚のサイズが小さいからと解釈していた。勿論ラインの角度の問題もあり、断言できないが、どうやら他にも理由がありそうだ。
私は随分騒がしくした為、これ以上の釣果が期待できないと考え、ゆっくりと下流に歩いた。未だ多くの釣り人がイブニングライズの終盤を楽しんでいる。やはり連休は来るべきではなかったのか。今更ながらサンデーアングラーの厳しい現実を痛感した。
目的のポイントは未だドラマの真只中だ。時折誰かのロッドが大きく曲がっている。ここも釣る場所がない。仕方がないので暫く周りの釣り人を眺めていたが、程なく草むらにごろりと横になった。頭の中に作戦が次々と浮かんでくる。翌朝に仕切り直しするか。みんなが帰った後に少しだけあるチャンスに賭けてみようか。そんなことを考えているうちに私は不覚にも深い眠りに落ちてしまった。寒さで目を覚ました時は既に午後10時半を回っていた。何と4時間以上も熟睡してしまったのだ。何か歯車が狂っている。
私は川沿いの小道を、馬鹿らしい失態を演じた自分に腹を立てながら、足早に歩き帰路についた。夕方の喧騒が嘘のような静けさだ。こんな素晴らしい川を一人でのんびりと釣ってみたいものだ。そんな夢物語を考えながら歩いていると、前方から心臓が止まりそうな光景が飛び込んできた。
30m程先、川が大きく曲がる辺りに、ボーっと白く浮かび上がる人影を発見した。一点を見つめるように一切の身動きもせずに、誤って足を滑らせば川に落ちてしまいそうな際どい場所に立ち尽くしている。私はお化けの類は一切信じない。というよりも今までそのようなものを見たり感じたりしたことがないので、どのように理解して良いかの分からないというのが本音だ。
その夜は曇りだったが月夜の為に、ライトなしでも十分先まで見渡すことができた。ついに出合ったか。私は一切の動きを止め前方を凝視し、少し間をおき意を決してライトを数回フラッシュさせ、自分の存在を知らせた。ライトに気がついた白い影が、ゆっくりとこちらを振り返った。よく見ると70歳位のお爺さんだった。
話をしてみると全く内容がかみ合わない。私は一瞬のうちに全てを察し、お爺さんを水際から引き離し、家まで送っていくと申し出た。しかしお爺さんはそんな私の申し出など聞こえないと言わんばかりに、手を振りながら一人、ヨタヨタと川辺を下っていった。私は呆気に取られて見送ってしまったが、暫くして急に気になり直ぐに後を追ったが姿が見えない。私は心配で周辺を探しまわったがどこにも見つからなかった。仕方がないので、無事に家に帰り着いたことを願いながら宿に戻った。
その夜は寝つきが悪かった。目覚ましを4時にセットしたが2時にはすっかり目が覚めてしまった。釣りをするには未だ早すぎるが、どうしても昨夜のお爺さんが気になり、私はサーチライトとロッドをもって川に走った。小一時間探し回ったがお爺さんはどこにもいない。よかった。きっと無事に家に帰ったのだろう。そうと思うと急に全身の力が抜けた。
昨夜からとんだ大物に翻弄されたが、ちょうど良い時間になりつつあるので、我に返った私は早朝の釣りの支度を始めた。ドロッパーを結ぶのが面倒なので、リードフライ1本で勝負だ。勿論フライはマドラミノーを結んだ。朝の釣りは短い。刻一刻と条件が悪くなる。私は近くで最も実績のある、対岸のバンクのえぐれを狙える位置にポジションを取った。既に夜が明けチャンスは数十分しか続かないだろう。私は対岸のバンクを狙って、慎重にフライを叩き込んだ。
フライがポチャンと着水し、いつものようにロッドを起こしたその瞬間だった。フライがあると思しき水面が大きく炸裂した。重量感のある音と相まって記録的なサイズの魚が飛び出したことを直感した。ところが一瞬後に引っ手繰られるはずのロッドには何の衝撃も伝わらない。いったいどうしたというのだ。小さな魚相手にはよく経験したが、大型魚にやられたのは初めてだ。しかもフライにはカサリとも触れていない。
私は落胆しながらも時間がないので気を取り直し、更に10m程下流の対岸にラインを投げた。フライが水面に激突し、ロッドを起こしラインを引いたその瞬間、またしても水面が炸裂した。今度は直後にロッドがおもいきり引っ手繰られた。私は慎重にラインをはってフッキングを確認し、足元に残ったラインを全てリールに巻き込んだ。やった。やはりマドラーミノーは効いた。こうでなければいけない。一匹目は何かの間違えだ。バットから大きく曲がったロッドと、時折水面で炸裂する水飛沫から、50センチを完全に超える魚であることを確証した。私はロッドを倒し、ラインを水面につけるように慎重にファイトを続けた。ただ、魚が走らず、時折激しく頭を振っているのが妙に気になった。
私はラインの先につながっている魚が、虹鱒なのかブラウンなのか判断がつかなかった。直線的な引きでもないし、深く潜るわけでもない。私は経験したことのないような引きに、多少の不安を覚えながらもネットの準備にかかった。その瞬間だった。大きく曲がったロッドが空を切った。天を仰ぎ見る視界の片隅に、ラインがフワリと後方に舞い上がるのがはっきり映った。
まさか。私はしばらく声も出なかった。振り返ると張り出した木の枝にリーダーが絡み、先端にはマドラーミノーがぶら下がっていた。外れた。フックも大きいし、何にも増して、あれだけ慎重にファイトしたにもかかわらず、終盤で外れるとは。魚はもう手の届くところまでやってきていた。私は血の気が引くような眩暈を感じ、立っているのも辛く、朝露に濡れた地面に座り込み、しばらく動く気にもなれなかった。
僅か数分の間に50センチを超える魚を二匹も逃がした。しかも一匹は、九分九厘手中にしたのも同然のところまで追い込んでいた。私は魂の抜けたような重い体を引きずりながら宿に戻り、ロッドを放り投げ、朝食も取らず深い眠りに落ちた。
その日以来私は意地になってマドラーミノーを使い続けた。サイズも色もあらゆるものを試してみた。釣果を度外視してもその効果を見極めたかった。その後40匹以上の魚を掛け、時に人には言えないような恥ずかしい経験を通し、いろいろなことを発見した。これらの試行錯誤を通じて私が行き着いた結論は以下のようなものだった。
このフライは極く限られた条件下でのみ、確実性をもって応えてくれることが身にしみてわかった。私は妄信的にこのフライを使っていた自分が、情けないやら悔しいやらで、考えて釣ることの大切さを改めて痛感した。
SL6 Black Spey Hooks
DU3 Limerick Spinner Hooks
SL4 Single Bartleet Hooks
XD1 Tube Fly Double Hooks
DD2 Flat Perfect Hooks
DD1 Black Terrestrial Hooks
TD4 Old Limerick Wet Hooks
DU1 Silver May Hooks
MU1 Flat Midge Hooks
LD3 Long Limerick Hooks
TD2 Summer Sproat Hooks
XS1 Tube Single Silver Hooks
TD6 Siver Sedge Hooks
SL5 Black Spey Hooks
DU3 Limerick Spinner Hooks