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-- FLY FISHER`S GREAT CONTRIBUTIONS

シーズン回顧録:黄昏の桂川で・・・・

孫悟空(SON-GO-KOO)
フライフィッシング歴24年

第4部:初夏から盛夏へ・・・・ダウンストリームの限界  

夏といってもここは標高が高い為に湿度が低く、気温の割には爽やかで、常に木々の小枝僅かに揺らす程度の微風が吹きぬける。都会によどむ体に纏わり付くような重たい空気など、ここには全く存在しない。私は人のいない日中に川見を済ませると、冷えたスイカやトマトを食べて、日陰で昼寝をするのが習慣になってしまった。クーラーの風に慣れてしまった体にとって、軽やかな風が全身を撫でていく感覚は、遠い昔の少年時代に舞い戻ったような錯覚を起こさせる。嗚呼、至福の一時。

3月の川と盛夏の川を見比べたら、絶対に同じ川とは思えない位に川辺は葦が伸び放題に伸びている。従って立てる場所も限られ、思うようにラインを延ばせない。また夏の日差しが日増しに強くなると、魚は大きなフライを無視するようになり、フライへの反応が極めて悪くなる。毎年一番辛い時期がやってきた。

良型の虹鱒を2匹釣った後、私は仕事の為に暫くの間釣りに行けなかった。もうあの時の作戦が通用しないのはわかっている。この時期は#10や#12といった小さなフライが活躍する。また葦が伸びた為に隠れ家が出来て、手前岸の葦際にも魚が付く。つまり、小さなフライで自分の立っている真下からやってくる当たりを取ることになる。しかも大型魚が来る可能性が高い。私はこのパターンで毎年相当数の魚を取り逃がしており、未だにこの状況を打破できないでいる。せめて確率だけでも上げたいと思い、色々な策を講じたが、何かをやればやるほど、逃がす魚が増えるようで実に不愉快だった。

釣りに来られない間、私はその作戦ばかりを考えていた。先ずフライはローウオータースタイルに巻いた。#8のサーモンフックに#12番程度のドレッシングをした。小さなフックでファイトすることは絶対的に不利だから。勿論、フライには動きの柔らかいマテリアルを多用した。ほんの少しのリトリーブでも敏感に反応し、生き物らしさを強調できるように。更にラインが伸びきった時にやってくる当たりについては、ラインをループにしてロッドをもった右手の人差し指に掛け、決して握らないようにした。これで当たりと同時にラインが出て、魚に反転させることができる。最後にいつも使っているロッドよりも1ランク軽い番手のロッドを用いた。こんな方法を組み合わせて試せば、少しは釣れるようにはなるだろうとは考えていた。

7月中旬のある夕方、私は全て予定通りの準備を整え、川が大きく蛇行する地点の下流側に立っていた。午後7時近くになって、ようやくライズが始まった。ライズといっても大した虫がハッチする訳ではないので、短時間で終わってしまうし、数もまばらであるのが常である。またドライフライと異なり、ウエットフライの場合は終盤にならないと魚の反応を期待できない。私は投げたい気持ちを抑えて待った。

しばらく待ってから、私は目指すライズの上手にフライを叩き込んだ。魚がかなり手前側に移動していると思ったので、あまりドリフトせずにスイングさせた。フライは流れをゆっくり横切り、間もなく自分の立っている岸に近づいてくる。私はロッドを持つ右手の人差し指と中指を開き、先端にかけたラインのループが、当たりと同時に予定通り滑って出ていくことを確認し、水面のラインが真直ぐ伸び切る直前に、頼りなげにロッドティップを上下にゆっくり動かして、フライに動きを与えた。流れが緩いのでラインにスラックが入り易いが、急激に動かすとせっかくループにしたラインが滑って出てしまう。

10数回ロッドを上下した時だった。ラインの先端付近が押さえ込まれた。直ぐに右手のループが解けてラインが張り、同時にブルブルという魚の心地よい感触が伝わってきた。しばらくして30センチほどのブラウンが上がってきた。上手くいった。予定通りことが運んだことに満足した私は、下流に歩きながら同じ動作を繰り返していった。

魚は今までとは比較にならないくらい高確率でフッキングした。僅かな時間に凡そ10回当たりがあって7匹の魚を釣ることができた。魚は殆どが手前の岸際で釣れた。大きな魚はいなかったが、私は自分の予想以上の結果に満足した。明日の朝、モーニングライズでもう一度試してみようと思いながら、夜露に濡れた小道をゆっくり宿に戻った。

失態

翌朝、既にすっかり夜が明けた川に立つと、魚がモーニングライズを繰り返している。私は敢えて手前側を中心に釣ってみた。わずかな時間しかチャンスがないが、この日はラインが伸びた状態でやってきた当りを全てフッキングさせることに成功し、5匹の魚を手にした。相変わらず30センチ足らずの魚であるが、狙って釣れた魚は本当に嬉しかった。

その後、いつもこのような高確率でフッキングに成功したわけではないが、手前の下流でラインが伸びきった時にやってくる当たりに関しては、昨年よりは確実に良くフッキングできるようになった。但し、何故か大きな魚は一匹も釣れなかった。

8月中旬、私はジャングルのように葦が伸びた川辺に立って、全身をセンサーのようにして、自分が立っている数メートル下流の、手前の葦の付近を凝視していた。寂しいイブニングライズを空振りした私は、帰り支度をしている時に、自分の背後で吸い込むような小さな音だが、妖しいライズの音を聞いたのだ。暫く待って、ライズが続かないことに痺れを切らした私は、ラインを7mほど引き出し、対岸下流に向かって投げた。そして手前の葦の根元までスイングさせ、ラインが真直ぐに伸びきった後、しばらくその位置でフライを止めておいた。私は何の変化もないので、いつものロッドワークでフライを踊らせようと、ロッドを軽く引き上げた瞬間だった。ガツンという衝撃がロッドに伝わった。ループが解けてラインが伸びた証の衝撃だ。魚は水面で激しく頭を振った。私はとっさにロッドティップを水面につけたが、ほぼ同時にロッドが軽くなった。久しぶりにナイスサイズが掛かったというのに、数秒で外れてしまった。

逃がした魚が大きかっただけに、ショックは大きかった。全ての当たりを取れるわけではないが、真下でやってくる当たりに対して少しは、対処できるようになったと思っていた。それが一気に崩れた。大型魚が釣れないこの時期だけに、悔しさは半端ではなく、この日はふとんに入っても頭を大きく振る銀白色魚体とバシャン、バシャンという大きな音が脳裏をかすめ、全く眠れなかった。私は頭を冷やす為に、宿の庭先に置かれたにベンチに座り、一晩中飼犬をからかって遊んでいた。

予感

時刻は午前4時になろうとしていた。私は昨夜のリベンジに全身が烈火のごとく燃えていた。

私は橋の下流に続く葦のジャングルを慎重に歩き、水際に出た。ここには絶対に魚がついていることを直感した。対岸に向けてフライを投げ、スイングさせながらフライを目的の葦の根元に導いた。勿論、右手の人差し指と中指にはラインのループがダラリと掛かっており、いつ魚がフライを引っ手繰っても、反転させることができるよう準備万端整えていた。

上を向いたロッドティップからラインが下がり、下流に真直ぐ伸びている。不思議なものである。またもや魚は、私がロッドティップをゆっくり持ち上げて、フライにいつもの動きを与えようとした時にやってきた。ほんの僅かにラインの先端が押えさえ込まれた。私は一瞬、どのように対処してよいのか躊躇した。ここで合わせれば昨夜の二の舞になりそうな嫌な予感がしたが、手が勝手にラインをゆっくり引いていた。グググッという感触が伝わりロッドが曲がり始めた。とっさにナイスサイズであると思い、全ての動作を止めて魚の出方を待った。魚が下流に走ってくれれば上手くいく。しかし魚はその場で頭を振りはじめた。

これはもう悪夢である。私はいつ外れてもおかしくないと思いながらも、最大限の対処を試みた。ロッドティップを水中に突っ込み、頭を振られてもフックが外れないように仕向け、またラインを張り過ぎて魚に刺激を与えないよう、騙し騙しファイトを続けた。いやファイトなどとは決して呼べない、腫れ物にさわるような嫌な緊張感に満ちた時間が過ぎてゆく。魚が上流に2mほど動いて私の方に近づいてきた。私は慎重にラインを回収しながら、魚の動きとロッドティップを同調させた。対岸でも下流でも上流でもいいから、思い切り走ってくれ。私は心の底から祈るように魚に懇願していた。

魚は私の思惑など全く無視して、再び頭を大きく振り始めた。直後に魚は私の姿に気がついたのか、大きく方向を変えて対岸下流に走った。しめた。これで上手くいくぞ。私は我慢の甲斐があったとばかりにロッドを幾分立てて、魚の方向に向き直った。ロッドが大きく曲がり、スタミナを温存していた魚は激しく暴れ始めた。

ようやくファイトに専念できると思った直後に、またしても悲劇が訪れた。大きく曲ったロッドが急にフっと軽くなった。いつものことだが、気が付くと後方の葦にリーダーが絡みついている。私は最早なす術なしといった感じでその場に立ち尽くした。外れるのではないかと危惧し、最大限の努力をしながら、本当に外れるから悔しいことこの上ない。もう気が狂わんばかりだ。茫然自失で水面を見詰める私は、対岸でリールからラインを引き出す音で我に帰った。気が付けば何人かのフライマンが釣りの支度を始めていた。

ふらふらする足取りで宿に戻った私は、気分転換の為に一度帰宅して冷却期間を設けることにした。実はこの時私の頭の中は最後の作戦で一杯だった。家に帰るとプロフェッサーを引っ張り出して一振りした。最も柔らかいロッドだ。もうこれしかない。リードフライ1本でフライも軽い。更に投げる距離も短い。今まで#4ラインはキャスティングが制約されるので敬遠していたが、この条件下なら十分使える。まさに背水の陣といった気持ちだった。

数日後、私はプロフェッサーを携えてあるプールに立っていた。今日はフッキングに主眼を置いて釣り下ってみよう。そう考えると私はラインを引き出し、機械的にフライを投げ始めた。もう右手にラインのループを持つことは止めた。正直言って私には、自分の真下からやってくる魚の当たりに対して対処することに限界が見えつつあった。ただ、出来るなら幾ばくかでもフッキングの確率を高める術を何とか見つけ出したいという一心だった。

私はその限界に対して、このロッドがどのような効果を発揮するのか見極めたくて、自分の立っている下流の岸際を重点的に釣っていった。その効果は直ぐに現れた。葦の際の流れにフライを泳がせ、ラインを張って待っていると、いきなりロッドがグニャリと引き込まれ、それきり動かなくなった。何か大きなごみが掛かったような感触だ。半信半疑でロッドを起こすと生き物の感触が伝わってきた。まるでイカ釣りのような当たりに戸惑いを覚えながらも、次々と同じような当たりを約70%程度の高確率でフッキングしていった。

その日以降、数回に渡ってこのロッドを使い続け、数匹の大型魚とたくさんの小型魚を釣った結果、私が行き着いた結論とは以下のようなものだった

  1. 柔らかい#4ロッドはフッキングに関して明らかに効果がある。
  2. 但し、ラインのポテンシャルが低い為に、キャスティングやフライの選択に制約が出てくる。
  3. ファイトの仕方に慣れが必要だ。特にフッキング直後に爆走する大型魚には一方的に主導権を握られ、取り逃がすことがあった。
  4. この川では夏場の小さなフライを多用する時期に使用するのがベストである。

この釣りはあまり突き詰めて考えないほうが良い。逃げられる魚がいるから来年も釣りが出来る。私はそんなふうに考えるようになってしまった。