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-- FLY FISHER`S GREAT CONTRIBUTIONS

大物釣り、我が人生

説楽 和広(Kazuhiro Setsuraku)
ProShop SAWADA School Master

大川の大物釣り師

大物、それはいつも見慣れている魚ではなく、簡単には釣れない魚である。その魚の素晴らしい姿を見るたび、それまでの苦労など、一瞬のうちに吹き飛んでしまう。そんなふうに感じられる大物を、釣りたいと願う気持ちは誰にでもあると思う。そんな思いが、多くのアングラーを、河原に泊まり込ませるほど熱中させている。どうやら、私もその一人らしい。

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魚を相手に、どうしてそれほど夢中になれるのか、とよく人に聞かれる。自分でもそこまで拘ってどうするのだ、と思うことも確かに何度かあった。

未曾有の大豪雨にやられたり、増水と濁りの間、何日も竿が出せず、失意のまま帰宅するはめになった。そんな苦い思い出もある。いつも大物を狙つているから、必ず釣れるかというと、そうでもない。幾日もの間、粘りに粘っても、魚の気配すら全く感じられずに、終わってしまうことも何度もある。釣れない日が続くと、いつも悩み、迷いや疑問で頭がいっぱいになってしまう。

それでも、私は夢中で通い続ける。それは、大物と渡り合うときのあの緊張感、そして、その魚を釣り上げたときの、あの興奮と感動がどうしても忘れられず、もう一度味わいたいと思うからだ。

私は、大川の流れに挑むのが好きだ。それは、大物に期待が持てるからだ。だけど、大きな川は魚の密度が薄い。その上、大物を釣る難しさは、環境の変化に加え、最近の釣り人の数も手伝って、これまでに比べ、計り知れないほどに厳しくなっている。こうした中で、大物が釣れるかどうかは、運もあると思うのだが、運があっても、そのチャンスを無駄にしてしまえば、言いようのない屈辱と、大きな敗北感を味わうだけだ。

私は、チャンスに遭遇しても、絶対外したくない。チャンスがあれば、狙った大物は確実にものにしたい。そう思うから、いつでも、どの場所でも、持てる力をすべて発揮できるよう、様々な状況に対処できるようにと、ただ、ひたすらに、自分の技術を向上させて、使用するフライを工夫して巻き、あらゆるテクニックを駆使して、自分の理想とする大物に挑むのだ。

勿論、私は大きなヤマメを釣るのが理想だ。

体長が40センチを超えてもパーマークが鮮明に残る、本流育ちの大ヤマメだけにターゲットを絞り、それを毎年ものにするのは容易なことではない。それは多くの場合、努力と時間を伴い、ときとして苦痛をも覚悟しなければならない。それでも私はこだわり続け、水量が安定して、ポイントが絞りやすくなる初夏から真夏、そして、初秋にかけての数ヶ月間に、そのすべてを賭けるのだ。

状況判断のミス

そんな意気込みも、98年のシーズンは、8月中旬からの大雨と、駄目押しともいえる台風のため、打ち消されてしまった。待ち焦がれる思いは、長く2週間以上にも及んだ。どうやら釣りが出来そうだ、という噂を聞き、居ても立ってもいられず、いつもの川に向かったのは、台風の影響がまだ少し残る、9月上旬であった。

早朝、いつもの土手に車を止め、緩やかな勾配を降りて行く。向かっているのは、この川に幾つかある、私の好きなポイントの一つ。実は、これまでに40センチ、42センチ、と毎年大ヤマメを釣り上げている、そんな良い思い出のある場所だ。

私のタックルは、9フィート1インチ、8番のスベースシューター、それにフローティング・ラインをセット。セッジの多い川だ、ということもあって、フライは、リード・フライに、8番のグレート・セッジ、ドロッパーに、6番のマドラー・ミノーを結び、セッジに見立てた得意の釣り方で、私は、いつものように大ヤマメを狙おうと思った。

さいわい、台風の傷跡といった様子は、周囲のどこにも見当たらない。この場所では、よほどの悪条件に見舞われない限り、期待を裏切られることはない。私は、そう確信していた。ポイントに近付くにつれ、ほのかな期待に胸がときめいてくる。その一方で、心に引っ掛かっている何かが気持ちを不安にさせていた。そんな期待と不安の中、ネコヤナギの生い茂る小さな林を抜けると、やがて目指すポイントの流れが見えてきた。

生憎、川は増水、濁りは入ってないが、岸辺の白い石と、白っぽく変わった川床の色が、出水の程度を想像させ、見るからにコンディションは良くないといった感じだ。胸の中で一度ふくらんだ期待が、しおれていくのがわかるほどに、不安が込み上げてきた。

「この状況では・・? 無理かもしれない・・・」と、川に降りた私は、いつもと比べ、10センチほどの増水で、速くなった流れを見て、そう思った。まだ5時半だ。早朝ということもあり、河原には人影もない。私は一度車に戻り、ゆっくり作戦を立て直すことにした。

チューブ・フライ

結局、増水対策として、フローティング・ラインではフライをコントロールするのに限りがあるので、水の状況に対処するため、フライラインは、フラットビームに繋いだST・10S・タイプⅡに替えた。10番のロッドとして選んだ14フィート6インチのダブルハンド・ロッド、グリルスにラインをセットした。

私流のフライの選択や使い方はというと、水温が適温、濁りはなし、といった条件での増水であるから、大ヤマメは、深場に沈んでいるとしても、彼等の頭上を流れるフライには必ず反応する。こういう時は、フライを深く沈めることよりも、魚の頭上をゆっくりと横切るように操作する方が良いはず。

私は、そう確信していた。それに、この季節、本流の大ヤマメは、秋の産卵期を前に、小魚や大きな昆虫を捕食するようになり、動くものに強い関心を示すようになるので、動きの良いフライに反応する確率も高くなるようだ。

そんな大ヤマメを相手にするのだから、良く泳ぎ、その動きの良さで魚を誘惑する、プラスティックのチューブ・フライが良さそうだ。そう判断した私は、1インチのプラスティック・チューブのシャンクに巻いた、数種類のウェットフライ・パターンの中から、取り敢えず、最近フライの使用頻度が高いプロフェッサーを選び、R3・10番のトレブルフックに結んで、チェーブーフライを使つたパワーウェットで広範囲を探ることに決めた。

釣り方は、このフライの良さを引き出すため、当然ダウン・アンド・アクロス。勿論、ベストのポケットには、1インチと1.25インチのプラスティックとアルミのチューブに巻かれた、ダンケルド、グレート.セッジ、更にピンク・ブルー、グリーン・ライム、ゴールドといった、アクアマリンが代打用として、私のフライ・ボックスに控えているはず。

ところが、どういう訳か入ってない。途中でそれに気付き、あわてて車に引き返した。そんな逸る気持ちを抑え切れずに、今度は、土手の勾配を一気に駆け下り、急いで川に向かった。

ダウン・アンド・アクロス

私が大ヤマメを狙うポイントは、長さにして、50〜60メートルほどある大きな瀬で、上流から見て左側は、ネコヤナギの生い茂る狭い河原が続き、その下は背後の崖から突き出た岩盤で、下流は通らず。対岸は、広い河原があって、この川最大の支流が流れ込んでいる。瀬の流れは、流れ込みの頭から、支流との合流点を経て、ヒラキに至る。そこからは、岩盤に沿って白泡となり、階段を滑り降りるようにして、見るからに魅力的な大淵へと落ち込んでいる。この大きな瀬の頭からヒラキまでが、これから狙うポイントだ。

河原に降りて気が付いた。川の雰囲気というか、気配というか、そういったものが、今までとは何か少し違う感じだ。取り敢えず、瀬の頭からヒラキまで、いつもの釣り方で探釣すれば、良かろうが、悪かろうが、大まかな状況は把握できるはずだ。私は、そう考えて、瀬の頭から一歩一歩、ダウン・アンド・アクロスで釣り下ることにした。

川幅約30メートル、流れに立ち込み、9フィート、2Xのりーダーに結んであるプロフェッサ-を斜め下流、対岸に向けてキャストした。キャストした後、すぐ対岸にロッド・ティップを向け、フライがラインより先に下流へ流れ始めたのをよく確認してから、ラインの流れる方へ、ロッド・ティップをゆっくりと移動させる。常にラインのテンションに気を配り、フライが全体的にゆっくりと流れを横切るように操作して、表層近くで水平のターンを演出する。

これは、ウェットフライを使うときの、私なりの釣り方の一つで、こうした、使い方をすると、軽いプラスティックのチューブ・フライは、流れの抵抗で、大変良い動きをしてくれるのだ。

核心部を狙う

釣り始めてから、更に幾つかの変わったことに気が付いた。川底は全体的に玉石が敷き詰められ、いつもは、川底の石が黒っぽく、それが水生昆虫の多さを物語っていたはず。ところが、川床は白っぽく、頭に2、3大石が沈んでいる他、水面に顔を出すほどの石は、どこにも見当たらない。どうやら、出水のため、川底が全体的に浅くなっているようだ。

この時点では、釣りに関しては、多くを望めないような気がしてきた。実際、ここまでは、釣るより、探ろうという気持ちでいたことは、言うまでもないが、このまま、終わってしまうのではないかという、いやな予感もしてきた。 私は、核心部のことが気になり、そこまでは、大まかに探ることに決めた。

だけど、状況はどう見ても芳しくはないようだ。魚の気配を探ろうとしたが、どういう訳か、ハヤのアタリさえもまるでない。それだけに、川に入って最初の30分ほどで、諦めの気持ちがどんどん大きくなってきた。それでも、とりあえず、ヒラキに至るまで探釣すれば、その後の見通しが立つはずだ、と私は気を取り直して、ひたすらキャストを繰り返した。

釣り始めてから30メートルほど、釣り下ったところで、目指す核心部に近付く。目の前の流れを見る限り、魚が定位する位置など、どこにもないように見えるが、実は、これまでに大ヤマメを釣り上げたのは、合流点下の、支流の筋と本流の筋の間に出来る大きな鏡や、流心と脇の流れの中にある鏡の部分で、この部分は、水深の変化があり、川底をえぐるように、凹型にしている。大ヤマメは、この部分に付いているはず。私は、そう確信していた。

大物との遭遇

ほのかな期待に胸がときめいてくる。と同時に、それまでの川の雰囲気からくる緊張感の緩みも、この場所に来ると、なぜだか急に引き締まる。一投一投、流れの筋を丁寧に釣ろうという気持ちになってきた。

流心は、瀬の真ん中からやや対岸寄りにあって、フライは、大変流しやすいといった感じだ。私は、雑になっていたキャスティングや、釣り方を改めて見直し、リーダーやフックを点検してから、フライを大きな瀬の斜め下流対岸にキャストした。フライは、思った通りの所へ確実に飛んだ。

フラットビームがラインの位置、そして、フライの流れる方を、刻々と伝える。ロッドに伝わるラインのテンションで、胸が締め付けられ、身体に何とも言えぬ緊張感を覚える。

水深、1.5メートルほどの瀬の表層を、プロフェッサーは泳いでいた。ポイントに入ってから2投ほどしたとき、流心を横切ったフライが、流れの脇にある大きな鏡に差し掛かったところで、ロッドに伝わるラインのテンションが、それまでと少し変わった。

フライを動かそうとロッド.ティップを小さく、少し上下させた瞬間、「ドスン」という強い衝撃が、ロッドを大きくしならせた。合わせた、といった記憶は全くない。いきなりググッ、ググッと強い力で締め込まれるような感じで、14.6フィートのダブルハンド・ロッドが絞り込まれ、魚は流れに乗って、グングン下流へ移動していく。

それは、フッキング後の作戦を練る余裕もないほど、一瞬の出来事であったが、ロッドに伝わるラインの重さが、夢ではなく現実だと敢えてくれた。ラインから力強いパワーが伝わって来る。サーモンIのドラックがジジッ、ジジッ、と鳴ってラインがどんどん引き出される。物凄い力だ。引きの強さからすると、この魚は相当のパワーの持ち主であることが予想できた。

「大物だ!」と思わず叫んだような気がする。40、いや50センチ以上あるかも知れない。大ヤマメだ、という期待感と緊張感で、心臓の鼓動が急に身体全体を包み込む。「ああ、やられる・・・まずい!」、今魚の移動していくヒラキの下は岩盤で通らず、しかも流れはその岩盤にそって白泡となり、長い階段を滑り降りるようにして、下の大淵へと落ち込んでいる。その急流の落ち込みに逃げられてしまうと、99%勝ち目はない。ロッドを水平に倒して必死にこらえる。

ここで、動きを止めさせ、なんとかして弱らせなければランディング不可能。それには、まず、上流側に魚の顔を向けさせることが絶対に必要。更にロッドを抱き抱えるようにして、身体全体で必死にこらえる。

やがて、どうにか魚は落ち込みの少し上で停止した。けれど、こういった状況下では、自分から仕掛けるほかに勝ち目はない。何とかしなければいけない、という一心で魚に近付く作戦を思い立ち、1歩、2歩と、ふんばりながらゆっくり流れを下って、下流に移動を始めた。

ロッドを水平に寝かせたままで、こらえながら強引にりールを巻き込み、自分から魚の居るところに向かって行こうという強引な方法だ。

ところが、この作戦は見事に的中し、魚との距離は、次第に短くなってロッドの長さまで近付いた。

期待に反した顔

魚と私の間には、なんの障害物もない。1対1だ。こうなれば、こっちのものだ。そう思って、強引に引き寄せようとした。寄せては走り、寄せては走りの連続で、ようやく水面に顔を出したその魚は、増水気味の秋の流れの中で、私の期待に反した顔付きをしていた。

その後も暫く、良い引きを味合わせてくれたが、どうにかランディングできた。

この魚は、逞しく、野生の顔付きをしている。ヒレが張り、オレンジ色に近い朱点をちりばめた、白斑の大きな美しい魚体で、見るからに大川の大物といった感じだ。私は、大ヤマメを釣ったと思って一生懸命頑張っていたのだが、この間、ロッドを持つ私に、心地好い緊張感を与えてくれたのは、実は大きなイワナであった。

そのファイトぶりは、私の想像していた以上のものであった。しかし、私の気持ちは、興奮状態というより、むしろそれまでに感じたことがなかったような複雑なもので、釣れたのは、48センチほどの大ヤマメではなく、大イワナであった。

あれから月日が経過した今、ボロボロになったプロフェッサーを見ていると、あの時、あの状況の中、自分が確信していたポイントで、思った通りの釣りができたことに対する自己満足というか、優越感というか、そして、期待を裏切らぬ、素晴らしいファイトをしてくれた、大イワナを釣り上げたときの満足感といった、そういったことが鮮やかに蘇る。

どうやら、チューブフライのプロフェッサーは、私にとって、幸福感を味合わせてくれる、理想のフライの一つとして、これからも、長く使い続けていくのであろう。

※MIND ANGLER No.14(1999年版)に掲載された説楽和広氏の「大物釣り、我が人生」をそのまま転載して公開いたしました。