野生のモンゴル
沢田賢一郎
黄昏のプール
バルジ川最後のポイントは、一見しただけで絶好と判る岩盤のプールであった。規模という点で、前日オノン川で釣ったプールとは比較にならなかったが、小さな川にしては立派なプールであった。
オリーブ色の頭に赤い尾ビレ。70cmと小型でも、この川の主の風格を備えている。
私は先ず流れ込んでいる瀬を釣ってみた。一投目、フライが水面に落ちた瞬間、何かが飛びつきフライをはじき飛ばした。ロングテールが大きすぎて食べられなかったのだろうか。私は一呼吸置いてから、もう一度フライをその浅い瀬に流した。落ちたフライが1mも流れないうちに、ガツンと鋭い当たりがやって来た。同時に針掛かりした魚は、瀬の中を勢いよく走り回った。レノックにしては強すぎると思ったら、やはり50cmほどのアムールトラウトであった。
岩盤のプールに入る前にもう一匹やって来た。今度は婚姻色のように赤味を帯びたレノックで、いつもより大きいと思ったら55cmもあった。この調子ならプールの中でタイメンが釣れるに違いない。そう思ったのだが、一流ししても全く反応が無かった。何故だろうと考えていたとき、対岸の岩盤の際で大きな波紋が広がった。魚が居る。恐らくタイメンだろう。
この角度から見ると細いニジマスのようだ。
私は慎重にその波紋の起きた場所にフライを流したが、当たりは無い。そうこうしている内にまた波紋が広がった。同じ場所だ。これは直ぐに食う魚ではなさそうだ。
間もなく夕日が山に隠れそうだった。あの魚は暗くなればきっと食うだろう。暗くなったらこれだ。私はローズマリーを仕舞い、スティングレーのロングテールを結んで待った。
陽が沈んで5分も経たないうちに、辺りは暗くなってきた。対岸の波紋はその間も起こっていたが、間隔が短くなってきた。そろそろ動き始める頃だろう。更に一段と暗さが増したとき、波紋が岸から離れ、プールの中央で起こった。いよいよお出ましだ。タイメンの狩りが始まった。
心ときめくイブニングライズの釣りが始まる。その昔、忍野や桂川を初め、多くの川で過ごしたときと同じように、私はフライを静かにフックキーパーから外し、ロッドを一閃して波紋が起こった場所に送り込んだ。ラインを手繰る度に緊張感で喉が渇く。
一投目、フライは何事もなく戻ってきた。何故食わなかったのだろう。タイミングはピッタリだったはずだ。その時、2mばかり上流で、鈍い音と共に波紋が広がった。彼奴は動いている。流れ込みに向かっている。
私は静かに上流側に移動すると、流れ込みの直ぐ下にフライを流した。2回目、音を立てないよう気を遣いながら、同じ場所へフライを投げた。もうそろそろこの辺りにやって来るだろう。
ラインを手繰り出した途端にドスンと言った手応えがあった。もうすっかり覚えたタイメンの感触だ。彼らは昼間流れの緩いプールの中に潜んでいて、夜になると狩りをしに流れ込みにやって来るようだ。特にバルジ川のように小さな川では、その傾向が強いように思われた。