アクアマリン・スクィッド
プラスティックチューブに巻いたアクアマリン。
オリジナルのヘアウィングモデル(上)。2種類のアクアマリン・スクィッドNo.1(左下)とNo.2(右下)。
20世紀最後の年、久々にキラーフライが誕生した。アクアマリン・スクィッドである。
アクアマリンの原型であるヘアウィングモデルはサクラマスのキラーフライとして、日本では最もポピュラーなフライである。その後サーモン用のローズマリーやスティングレイ等で、私はスクィッドスタイルを試みた。これらはヨーロッパのサーモンフィッシングシーンでキラーフライとして定着し、同時にサクラマスのフライとしても、多くのアングラーによって年々実績が積まれている。どうして今頃になってまたアクアマリンなのかと、いぶかる方も多いと思う。
確かにローズマリーが誕生した直後に、このフライのプロトタイプは出来上がっていた。スティングレイのロングテールがモンスターを仕留めた時も、同じフライボックスにこのアクアマリンのロングテールが入っていた。しかし日の目を見ることはなかった。理由は簡単で、釣れなかったからである。新しいフライというのは実績が無い訳だから、暫く使って反応が無ければ、そのまま仕舞われて、次の出番がなかなか来ないのが常だ。この数年間、私はたった一本だけだが、フライボックスに何時も入れて置いた。そのアクアマリンが、初めてその可能性をアピールしたのは1999年の夏のことだった。
サーモンは雷が嫌い?
その日は朝から雲行きが怪しく、時折にわか雨が降っていた。私がビートに着いたとき、山から真っ黒な雲がせり出し、同時に凄まじい雷が鳴り出した。大粒の雨が水面に落ち始め、辺りは雷鳴と稲光で壮絶な景色と化している。私は雷の下で釣るのは少々気持ち悪かったが、少しだけフライを投げてみることにした。しかしこんな状況で一体どんなフライを使えば良いと言うのだ。私はフライボックスを開けると、今まで釣れたことのないフライを摘み上げてリーダーに結んだ。
3投目だったと思う。サーモンがあっさりとフライを捕らえた。ビデオのパワーウェット・ナンバー7に、この時の様子が収録されている。しかし、これにはフライを投げた私も驚いた、と同時に、もしかするとこのフライは荒れた天気に良いのではないかという気がしてきた。淡いピンクを基調としていることから、今まで専ら水の澄んだ昼間に試してみた。それで効果がなかったのは、条件が全く違っていたのかも知れない。そんな気がしてきた。
明けて2000年の夏がやってきた。私はシーズン前に更に改良を加えたアクアマリン・スクイッドを2種類用意して臨んだ。その6月1日の解禁日、早々と驚くべき出来事が起こった。私のローズマリーとすれ違った後に、マリアンのアクアマリン・スクイッドを引ったくったモンスターが居たのだ。これはえらいことだ。この数年間、ついぞ起こらなかった出来事である。
強風のレナプールで
数日後、川は大いに荒れていた。まるで北極から嵐が来たようで、強風と共にあられやみぞれが横殴りに吹き付け、前日まで7度以上あった水温がいきなり4,5度にまで下がった。私はラインをインターミディエイトからタイプIVに換えると、レインジャケットのフードを固く締め、レナプール(Renna Pool)に満ちている氷のような水に浸かった。
下流から断続的に強い風がやって来る。僅かな風の合間を待ってキャスティングすると、直ぐまた風がやって来る。黙ってロッドを持っているだけでも容易でない。私は去年の嵐を想い出していた。今と違って寒くはなかったが、雷が鳴り響き、全くひどい天気だった。釣りができない程の荒れ方と言う点では、今日も同じだ。そう思ったから、私はラインの先にアクアマリン・スクイッドを結んで置いた。
10分ほど経ったとき、ゴツンといったショックと共にリールがギッと低く唸った。2回、3回、短いリールの音が続いて静かになった。魚はフライをしっかりと押さえ込んでいる。私はロッドを静かに岸側に向け、ラインを張った。何も動かない。体の向きを変えた私は、更に力を込めてラインを張った。17フィートのロッドが根本から大きく曲がっている。暫くして魚は動き始めた。10メートル程流心に向かうと、そこでまた動かなくなった。フッキングは完璧だ。私はゆっくりと川から上がり、そこでまた同じようにラインを張った。やがて魚は数回大きく頭を振ると、下流に向かった。猛スピードではない。しかし速度に切れ目はなく、軽くなる瞬間もないまま80メートル程下った。大型魚の典型的な引き方だ。私は一歩も下流に下ることなく彼と渡り合った。凡そ15分後、111センチ、14キロの見事な魚体が河原に横たわった。その大きな口の角には、まるで紅を刺したように1インチ半のアクアマリン・スクイッドが覗いていた。
悪天候を攻める
強風の中、アクアマリン・スクィッドをとらえたサーモン。14kg、111cmのスプリングフィッシュ。
今年最初の大物のニュースは瞬く間に広がり、我々が昼食を終えて再びレナに到着したときには、既に3人のアングラーが懸命にロッドを振っていた。魚の気配は無かったそうだが、風がだいぶ治まり、天気が少しずつ回復し始めている。私は誰も居ない淵頭近くからフライを投げ始めた。勿論同じフライを結んでいる。20分ほど経った時、他のフライに全く反応の無かったプールで、鋭い当たりと共にラインが引き出された。その魚は100メートルも一気に下り、派手なジャンプを何度も繰り返しながら10分以上も頑強に抵抗した。やがて9.5kgの銀色の固まりが、ピンクブルーのアクアマリン・スクイッドによって私の足下まで引き寄せられてきた。
荒れた天気、暗い水色、凍えるような流れ、こんな時に頼りになるフライとして、アクアマリン・スクイッドはその日以来、私のフライボックスに完全に指定席を持つこととなった。